蒸発
ドストエフスキーやトルストイの著作に親しみながら、私は聖と劉鳴殿と共にかささぎを連れて隠れ山の花屋敷まで飛んだ。近頃には珍しい、雲のない晴れ渡った日だった。明るい青の屋根を頂く花屋敷で、パウロたちの出迎えを受けた。寺原田や岡田らの姿もある。
今後、何かと顔を合わせる機会もあるだろうから、紹介しておくほうが良いだろうと私が言ったのだ。嘘ではないが、全てが丸きり真実でもなかった。
私は、かささぎを繋ぎ止める楔をそこここに用意しておきたかった。同じ理由で千秋や康醍にもかささぎと対面させた。必死である自覚はある。
花屋敷のリビングに、お茶の用意がされ、パウロが笑みながらかささぎに挨拶した。他、花屋敷や近隣に住まう顔触れも同様だ。こうなると、いつもお道化たような岡田の存在は有難く、私の内心とは裏腹に湿っぽい雰囲気には全くならない。劉鳴殿と岡田は、とりわけ陽キャ同士で気が合うようだ。もう軽口を言い合っている。
「コトさんの弟さん、一緒で良かったですね」
パウロが邪気のない笑顔で言う。彼のこうしたところに、私はこれまでも何度か救われて来た。私はええ、と答えたが、そんな私を見たパウロは、きょとんと目を瞬かせた。私が縋る表情だからかもしれない。寺原田からも気遣う視線で大丈夫かと問われ、私は頷いた。聖も劉鳴殿も、何も言わない。
私は庭の様子が見たいからと言って、外に出た。寺原田がついて来る。
「顔色が良くありませんね」
彼の声には、純粋に案じる色があった。だから私は無理矢理、笑みを浮かべた。
「年始も色々ありましたから。疲れているのでしょう」
「こちらに来られるのは休まれてからでも良かったのでは」
「かささぎさんに、早く案内したいと思いまして」
「成程」
納得の字面に添う程、寺原田は納得顔ではない。私の為に、一応、譲歩した、と言った感じだ。
「お子さんたちはお元気ですか?」
「お陰様で。元気過ぎて僕も妻も振り回されていますよ」
「それは良かった」
「ことさん」
「はい?」
「――――薔薇酒を飲みませんか。甘味が増して美味しいですよ」
何か、別のことを言いたかった気配はある。寺原田はそれを寸前で打ち消して、違う言葉を口にした。私は笑った。上手く笑えたと思う。
「有り難うございます」
その時、パウロが花屋敷から出て来た。困惑顔だ。
「どうしました?」
「コトさん……」
パウロが、非常に言いにくそうな表情をしている。唇が何回か空振りした。やっと、音として出て来たコトノハは、私には認め難いものだった。
「カササギさんがどこにもいません」
ブクマありがとうございます。
さあ、かささぎが消えました。




