兄弟と魂魄
店を出た時刻は、深夜とまでは行かなかった。未成年である楓への配慮だ。透き通った黒に星々が浮かんでいる。
ことたちと別れた麒麟と昴は、しばらく無言で歩いた。居酒屋でのことの叫びは、兄弟の耳にまで届いていた。
「情が深いな」
昴がぽつりと評する。誰を指して言っているかは明らかだ。麒麟は白髪を風に靡かせてそうだねと言った。
「あっちの家の事情が事情だしね」
「男女の違いかな。俺はお前にそこまで執着がない」
「あったら怖いよ。俺たちはまあ、俺たちで色々あったし。事情なんて、みんなそれぞれ、あるもんだろう」
「人を呪わば穴二つ、だ」
「解ってるから必死にもなるんだろ、ことちゃんもさ」
昴が天体に目を遣る。
「可哀そうだな」
麒麟は一瞬、聴き間違えたかと思った。この兄の口から出るには、相応しくない言葉だ。
「え、昴。今、可哀そうって言った?」
「だってそうだろ。人の命を、どうしても刈り取ろうとせずにはいられない奴は、自分も周りも不幸にするよ」
「陰陽師らしいお言葉……」
「一応、菅谷の当主だぜ?」
「まあそうだけど」
はあ、と昴が白い息を吐いた。冷えるな、と独り言ちた後で、続ける。
「そんなに姉が大事なら、命の一つくらい見逃すのが器だろう。出来ないあたりでおさとが知れてる」
その言い様は、可哀そうという言葉より辛辣で、麒麟にしてみれば昴らしかった。
「車、呼ばないの」
「ん。もう少し歩いたらな」
昴は菅谷の当主であり、お抱え運転手もいる。式神との二人住まいの麒麟とは経済的にも立場に開きがあった。
「俺はそうそう動けないから、その分、お前が音ノ瀬を気に掛けてやれよ、麒麟」
「それはそうする積もりだけどね。……長いこと陰陽師やってるけど、人情くらい難しいものはないな」
昴が横目で弟を一瞥する。
「魂魄の内、情は魄に属する。地だな。厄介で当然なんだよ。殺されたから殺すなんてのは、魄の成せる最たる業で、つまりは堂々巡りだ。俺たちが最も敬遠すべき分野だ。お前もぬかるみにはまるなよ、麒麟」
「俺はドライだから。昴のほうが危険なんじゃないの。まだ忘れてないでしょ、桜姉さんのこと」
「……」
じゃり、と昴の靴が音を立てる。乏しい街灯が二人を上から照らしている。
「たった一人の妹だ。そう簡単に行くかよ」
「ほら、魄だ」
「人間だよ」
「かささぎ君だってそうさ」
「…………」
昴が携帯を取り出した。慣れた手つきで通話をし終える。
「春になればな」
「うん?」
「雪解けが、春を呼ぶように、かささぎの、音ノ瀬ことの心にも、温い清水が湧くと良いんだが」
「らしくないな、昴」
「多少は成長するんだよ」
そこで昴を迎えに来た車が二人の横に停車した。麒麟は、今ではたった一人の肉親となった昴を乗せた車を見送る。誰もが春を待ち侘びるが、それは如何にも遠く思えてならない。所詮、人の胸中は本人にしか解し得るものではないのだ。
「おいで、水草」
麒麟は現れた水干姿の少女の手を取り、家路を辿った。本当なら式神である水草にそうした行為は不要だ。麒麟は感傷的になっている自分を思う。持つ程に苦しんでいる女性をそっと心の隅に置き、麒麟はまばらに散る民家の明かりや街灯に照らされながら、夜を歩いた。家までの道のりが、いつもより少しだけ遠いと感じた。
たくさん評価、ブクマありがとうございます。
以前に比べれば仲良くなった兄弟です。




