名残雪
若者の成長は著しい。恭司は短期間で見事に成果を上げた。
風呂上りに浴衣の上から着込んで炬燵に入り、何とはなしに月桃香の匂いに身を委ねていると、摩耶が炬燵の向かいに入って来た。彼女もパジャマ姿で、上には分厚いカーディガンを羽織っている。
「どうかしたの」
優しい声で問い掛けられた。
「娘はいずれ巣立つものだと思いまして」
「楓ちゃんのこと?」
「はい」
摩耶はしばらく私の顔を眺めた後、立ち上がり台所に向かった。戻って来た彼女の手にはマグカップが二つ。
「ホットミルクティーよ。飲んで」
「ありがとうございます」
その後、私は摩耶に、今日、風が運んで来た一部始終を語った。外はしんしんと雪が降っている。雪特有の、静かな音が降り積もる。今日のことがあって私は、楓が私の手を離れるのは、思ったより早いのではないかと考えるようになった。ホットミルクティーの甘さが美味しい。思えばあの子も随分と大きくなった。今この時でさえ、振り返れば瞬きの時であったと感じる日が来るのだろう。それもそう遠くない内に。
「寂しい?」
「正直に言えば。ですが、私はあの子の時間を花や光や、そんな優しいもので包んでやりたい。共にいられる内は、私に出来ることをしてやりたいと思います」
「それはきっと楓ちゃんの宝になるわね。貴方を母とする子が羨ましい」
「そうでしょうか。不甲斐ないですよ。色々と」
私の自己肯定感の低さは幼少より育まれたものだ。
「楓ちゃんや、これから生まれるかもしれない子たちに訊いてごらんなさい。お母さんが大好きだと答えるでしょうから」
私は目を大きくする。
「何? だって、聖さんとの間に、赤ちゃんが出来るかもしれないでしょう?」
「あ、そう、ですね。考えにありませんでした……」
「呆れた」
そう言って微笑む摩耶の表情は飽くまで優しい。マグカップを持つ手の指先にはお洒落なフレンチネイル。先日、水谷と一緒に出掛けた際のものだろう。彼女は水谷と今すぐどうこうなる気はないのだろうか。余計なお世話かもしれないが、水谷にはっぱをかけてやりたくなる。尤も、私は彼に敵視されているので、拒絶が返るだけだろう。
「冷えるわね……」
窓硝子の向こう。紫紺を見つめる摩耶の輪郭は綺麗だ。私たちはその後も余り多くを語らなかったが、満たされた。双方に相手を思い遣る心があり、それが底冷えのするような夜の寒さを押し遣った。私は、とうに空になったマグカップを両手で持って目を閉じる。自らの強欲を思う。大切な人が多過ぎる。彼ら全員に幸せになって欲しいと願う。やはり強欲。
あら、と摩耶が声を上げたので目を開ける。
水谷と聖がいた。どうやら私たちを迎えに来たらしい。保育園の園児になった気分で少し笑える。水谷と聖の組み合わせが妙にちぐはぐだから尚のことだ。
「はいはい。聖さん、そんな顔しなくてもことさんは返すわよ。貴方の大切なお姫様でしょう」
摩耶の台詞は、そっくり私が水谷に言える台詞でもある。私と摩耶は名残を惜しむように炬燵から出た。
「こと様。そのように薄着では風邪をひかれます」
「二条さんもです」
期せずして、男二人から注意を受ける。私と摩耶は顔を見合わせて笑った。名残の雪は、まだ降り続けている。




