破滅の恋
恭司はまだ気を抜かなかった。納刀しない。今、自分が斬った紫陽花色のコートが、隼太にとってどれだけ大切な物であるかを彼は知っている。隼太が激昂して、更なる苛烈な攻撃を仕掛けて来ても不思議ではない。隼太は、動かない。
「俺は約束を守らない男だ」
「かささぎさんを殺すな。遭遇しても戦闘を避けろ」
「逃げろと?」
「そうだ。それを賭けた勝負だった筈だ。俺もアジールの件は引き受ける。手を打て」
隼太の声が静穏だったのを聴き取り、ようやく恭司は納刀した。隼太は約束を守る。恭司は知っている。これで一つ憂いが消える。楓の涙が遠くなる。
「お前の恋は破滅だ」
「そうならないよう努力する」
「出来るかな。ここまでやったお前に免じて、鳥の狩りはやめておこう」
隼太のコトノハに嘘偽りがないことを、恭司は確信した。脱力して、膝が震えそうになるのを必死で堪える。
「ついこの間までガキだと思っていたが」
隼太はそう言い残して空地を去った。紫陽花色が小さくなる。やがて完全にそれが見えなくなってから、恭司はその場に座り込んだ。小鳥の鳴く声が耳に入る。戦いに専念する為、遮断していた音が恭司の世界に戻る。小雨はいつしか止んで、天使の階梯がそこここに生まれていた。
私はほっと息を吐いた。
隣に立つ劉鳴殿を見る。彼の表情はいつも通りで、何を思うか窺えない。しかし、口角は僅かに上がっている。恭司と隼太の仕合を、私たちは縁側に座して聴いていた。恭司に軍配が上がったのは、驚くべき結果と言える。
「恭司君は頑張りましたね。ことさんの薫陶の賜物ですか」
「彼の力ですよ。私は稽古をつけただけです」
紅玉が私に向けられる。
「アジールの件は」
「認可する積もりです。あそこまで恭司さんが考えていたとは思いませんでした。正直、彼を見直しました」
「楓さんの将来のお婿さんですしねえ。ことさんとしては、あれくらいはやってもらわないと、と言ったところですか?」
私は微苦笑を浮かべる。そこまで狭量に見えるだろうか。確かに私は、こと楓に関わると、頑なになる嫌いがある。
「恭司さんも可愛い弟子ですしね……」
「成程」
「隼太さんのコート」
「うん?」
「縫って差し上げなくては」
私がこう言うと、劉鳴殿が、探るような、揶揄うような視線を私に注いだ。
「情が深過ぎる人ですね。聖君が妬きますよ」
私は困り顔になったのだろう。劉鳴殿が視線を逸らして、寒いので炬燵に入りましょうと促した。その後、何となく二人で熱燗を酌み交わした。隼太に恭司を殺す意思はなかったと、それだけは断言出来る。彼は彼で、それなりに恭司に対して思い入れがあるのだ。だからこそ、白いコートを持ち出さなかったのだろう。




