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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第四章
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破滅の恋

 恭司はまだ気を抜かなかった。納刀しない。今、自分が斬った紫陽花色のコートが、隼太にとってどれだけ大切な物であるかを彼は知っている。隼太が激昂して、更なる苛烈な攻撃を仕掛けて来ても不思議ではない。隼太は、動かない。

「俺は約束を守らない男だ」

「かささぎさんを殺すな。遭遇しても戦闘を避けろ」

「逃げろと?」

「そうだ。それを賭けた勝負だった筈だ。俺もアジールの件は引き受ける。手を打て」

 隼太の声が静穏だったのを聴き取り、ようやく恭司は納刀した。隼太は約束を守る。恭司は知っている。これで一つ憂いが消える。楓の涙が遠くなる。

「お前の恋は破滅だ」

「そうならないよう努力する」

「出来るかな。ここまでやったお前に免じて、鳥の狩りはやめておこう」

 隼太のコトノハに嘘偽りがないことを、恭司は確信した。脱力して、膝が震えそうになるのを必死で堪える。

「ついこの間までガキだと思っていたが」

 隼太はそう言い残して空地を去った。紫陽花色が小さくなる。やがて完全にそれが見えなくなってから、恭司はその場に座り込んだ。小鳥の鳴く声が耳に入る。戦いに専念する為、遮断していた音が恭司の世界に戻る。小雨はいつしか止んで、天使の階梯がそこここに生まれていた。


 私はほっと息を吐いた。

 隣に立つ劉鳴殿を見る。彼の表情はいつも通りで、何を思うか窺えない。しかし、口角は僅かに上がっている。恭司と隼太の仕合を、私たちは縁側に座して聴いていた。恭司に軍配が上がったのは、驚くべき結果と言える。

「恭司君は頑張りましたね。ことさんの薫陶(くんとう)の賜物ですか」

「彼の力ですよ。私は稽古をつけただけです」

 紅玉が私に向けられる。

「アジールの件は」

「認可する積もりです。あそこまで恭司さんが考えていたとは思いませんでした。正直、彼を見直しました」

「楓さんの将来のお婿さんですしねえ。ことさんとしては、あれくらいはやってもらわないと、と言ったところですか?」

 私は微苦笑を浮かべる。そこまで狭量に見えるだろうか。確かに私は、こと楓に関わると、頑なになる嫌いがある。

「恭司さんも可愛い弟子ですしね……」

「成程」

「隼太さんのコート」

「うん?」

「縫って差し上げなくては」

 私がこう言うと、劉鳴殿が、探るような、揶揄うような視線を私に注いだ。

「情が深過ぎる人ですね。聖君が妬きますよ」

 私は困り顔になったのだろう。劉鳴殿が視線を逸らして、寒いので炬燵に入りましょうと促した。その後、何となく二人で熱燗を酌み交わした。隼太に恭司を殺す意思はなかったと、それだけは断言出来る。彼は彼で、それなりに恭司に対して思い入れがあるのだ。だからこそ、白いコートを持ち出さなかったのだろう。



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