指輪が小さかった
聖の白い頭が右に傾き、左に傾く。鏡の中の聖もそれに合わせる。
「どうにも着慣れません」
そうだろうな。スーツでめかし込むなんて、普段の聖の姿からは程遠い。締めた濃紺と白の細いストライプのネクタイには、銀色にサファイアのついたネクタイピン。私の魂の代替。
「そもそも、僕がスーツを着る必要性はないと思うのですが」
「よくお似合いですよ」
しれっと褒めておく。
何のことはない、私が聖のスーツ姿を見たかったのだ。私の寝室の鏡台前で、未だに聖は納得行かない表情をしている。
「オーダーメイドまでしなくても。僕は、普段着は単衣かジーンズですし」
「それはそれで素敵ですが、一着くらいきちんとした物を持っていても良いでしょう。それとも、撫子さんたちの式には羽織袴で通しますか?」
「まあ、それはそうなのですが」
ちら、と聖の赤い目が部屋の細く開いた戸を見る。携帯を構えた撫子。さっきからシャッター音が賑やかだった。潜んでいる積もりか、開き直っているのか判らない。
「芳江君はもう彼女に求婚を?」
「はあ。したのですが、指輪が小さくて少し揉めたらしいです」
号数は確認した筈だったのだが、年末年始といつもに輪をかけて食べたことにより、撫子の指回りは以前よりも大きくなっていた。ダイヤモンドの指輪と張り込んだ芳江だが、出だしからつまづいている。見れば撫子の頭が俯いていた。彼女なりに落ち込んでいるらしい。やれやれ。あ、戸が無音で閉まった。それを確認した聖がスーツを脱ぎ始める。シュッとネクタイを外すところから様になっている。何やら物言いたげな赤い視線。
「着替えたいので……」
「はい、どうぞ」
「あの、一人で」
「ここは私の部屋で、私は貴方の妻ですが」
今更だろうと思う。互いに肌を曝け出した仲だ。
「でも、こと様も僕の前でお着換えにはならないでしょう」
「男女では違います」
聖の抵抗を軽くあしらう。聖は観念したように、スーツを脱ぐ行為を再開した。長袖シャツにカーディガン、ジーンズに着替える。ネクタイピンは聖が所持することになった。大切な物の守り人には彼が相応しい。また、聖自身もそれを志願した。普段着になって落ち着いたようだ。聖は大きく息を吐いた。
「スーツ一式、私が預かっておきますね。香でも焚いておきましょうか」
「いえ、月桃香で十分です」
ふうん。そんなものか。
聖の手が伸びて私の頬、輪郭に触れる。
「僕を頼りにしてください」
「聖さん以上に頼りにしている人はいませんよ」
「劉鳴殿よりも?」
「はい。当然です」
何を言っているのだろうな、私のウサギさんは。聖が左手に持つネクタイピンのサファイアが、光を反射してちら、と光る。
男は愛嬌とはよく言ったものである。
2評価、3ブクマありがとうございます。
男性のスーツ姿は世の女性に夢を与えるようです。




