餅つき
冷え込む早朝。私はむくりと起き出し、頭を掻いた。
聖を蔑ろにしてしまった気がする。
昨日、片桐との取り決めを伝えた時、聖はいつものように冷静な面持ちだったが、赤い瞳に僅か、揺れるものを見て取った。叱責されるかとも覚悟していたのだが、彼はご無事で良かったですと言っただけだった。本当はもっと、色々と言いたいことがあっただろうに、私を慮ってそれらに蓋をしたのだ。
私は自責の溜息を落としながら友禅に着替えた。夜、招かれるかと思っていたが、聖からは何もなかった。それを寂しく思うのは、身勝手な話なのだろう。やれやれ。髪の毛を櫛で梳いて組紐でまとめると部屋を出る。足袋がキュ、キュ、と廊下を鳴かせる。
大阪組が先に起き出していた。今日は餅つきをすると意気込んでいたから、その為だろう。早くも臼と杵が庭に出ている。真っ青な空ゆえの放射冷却に思わず身を縮める私と違い、撫子も芳江も溌剌とした笑顔で餅つきの準備をしている。元気だなあ。他人事のように私が眺めていると、楓や劉鳴殿たち、ギャラリーが集まって来た。水谷でさえ、興味ある目で撫子たちの挙動を見ている。聖がいつもの玉虫色に黒い羽織で出て来た時、私は彼を注視した。いつもと変わらない顔で、私に挨拶する。大人過ぎはしないか。こうなるともう、私はいつまでも彼の中で、小さなお姫様のままなのではないかなどという、あらぬ疑念さえ抱いてしまう。
「よ!」
「はい」
「ほ!」
「はい」
掛け声を上げながら撫子が餅を突き、芳江がこねる。タイミングがぴったり合っているところが流石だ。ふかふかと湯気が上がり、見ているほうまで気持ちが高揚する。聖をちらりと見ると、彼もまたこちらを見ていたので目が合った。
逸らさない。両者、譲らないので摩耶に声を掛けられるまで、私たちは長く見つめ合うこととなった。
「凄いわね、撫子さんたち」
「もっと若い頃からしていたそうなので、慣れがあるんでしょうね」
それにしても重たい臼を軽々と扱う撫子の腕力には恐れ入る。日頃から、モーニングスターをぶん回しているだけのことはある。
出来立ての餅に、皆が歓声を上げ、海苔や醤油、きな粉、チーズ、様々な味付けをして口に運ぶ。白い湯気があちこちで生じ、如何にも正月の賑わいである。聖もいつものように顔を和ませて餅を食べていたので、私は心なし、ほっとした。
しかし、出来立ての餅の美味さよ。食べ過ぎて正月太りしないように気を付けなければならない。
評価、2ブクマ、ありがとうございます。
お正月らしい内容となりました。




