花言葉はほろほろと
恭司が久し振りにうちに来た。小さな紙袋を持っている。今日は特に冷え込んで、早朝から粉雪が舞っていたので、彼の髪にも小さな雪の結晶がいくつか付着していた。楓が、恭司来訪の知らせを聴いて客間に飛んで来た。髪の毛の乱れを気にしながら直しているあたりが、乙女心だ。恭司の頭を見て、タオルを持って来てやるなど甲斐甲斐しい。
「楓さんのお部屋にお通ししては?」
私は母としての寛大さを見せてやる。恭司の、奔走振りを労いたい気持ちもあった。楓は頷く。
「お部屋、先に行ってて。私、ココア作ってくるから」
恭司は大きなクリスマスツリーを眩しそうに眺めていたが、楓の言葉に頷いた。
楓の部屋は、広さはさほどでもないが、綺麗に整頓されこざっぱりとして、少女らしい調度も揃っている。恭司は小テーブルの前に胡坐を掻いて、部屋の温もりを感じていた。暖房が入っているからだけではない。楓が寝起きしている部屋だからこその生活感の温度があった。
楓が、ホットココアを二人分、運んで来る。テーブルにマグカップを二つ置いて、恭司の正面に座った。照れたように笑う楓の顔を見ると、恭司の心も和んだ。
「恭司君、逢えて嬉しい。最近は、忙しかった?」
「ちょっと色々あってな。で、お前にこれ」
「ん?」
「渡しておこうと思って」
小さな紙袋は一見してこじゃれていると判る物で、楓はそれを慎重に受け取った。中にはこれまた小さな箱が入っている。
「開けても良いの」
「ああ」
箱の中には緩衝材と、青紫のヒヤシンスのブローチが入っていた。
「綺麗。可愛い。七宝焼き?」
「うん」
「……クリスマスプレゼント?」
窺うように恭司を見上げる。
「うん」
「あ、有り難う。どうしよう、私、まだ何も用意してなくて」
「良い。たまたま立ち寄った店で、楓に似合いそうだったから買った」
「着けて、良い?」
恭司が破顔する。和製天使の顔が一気に華やいだ。
「その為に買ったんだ」
楓は、頬を染めて、ブローチを丁寧な手つきで扱うと、着ていた白いカーディガンの胸元に着けた。
「……どうでしょうか」
「似合ってるよ」
優しい声で請け負われて、楓は早まる鼓動を落ち着かせる為にココアを飲んだ。頭の中は、恭司へのお返しを何にするかということで一杯である。それから、ヒヤシンスの花言葉を思い出した。色別に花言葉があって、最もポピュラーな紫のヒヤシンスの花言葉は「悲哀」、そして「初恋のひたむきさ」である。初恋は、実らないとよく聴く。楓はマグカップを静かに置いた。
「どうした。気に入らなかったか?」
「ううん! すごく、嬉しい……。でも」
「でも?」
促す恭司の声は優しく、いつもより、年齢差を感じさせた。この人はずっと大人なのだと思う。
「恭司君。どこかに行っちゃうの」
小首を傾げる恭司に視線を注ぐ。Ⅴネックのセーターからは、首から鎖骨にかけてのラインが綺麗に出ていて、大人の男の色気を感じさせた。恭司は微笑して、楓の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「行かないよ。只、俺なりにけじめをつけないといけないことはある」
「危ないこと?」
「――――判らない」
嘘、と、楓は胸中で呟いた。たまたま見つけたなんて、嘘だ。きっと、恭司は楓へのプレゼントを捜して回ってくれたのだ。他にもすることがあるだろうに。それは恭司にとって、とても大切な用事なのだろうに。
「楓」
「……何?」
「プレゼントは良いから、お願いがある」
「なあに」
「キスして良いか」
その言葉に楓の理解が追いつくまで数秒、かかった。恭司は至って自然体で、楓の返事を待っている。
「良いよ」
「目、閉じて」
「はい」
そっと触れて、離れた。花びらや鳥の羽のように軽い感触。
「ずっと一緒にいてくれるよね」
「……」
大人の男なら上手い嘘を吐いて欲しかった。恭司の性分からしてそれは望めないことも解ってはいたが。楓は胸元のヒヤシンスをぎゅ、と握り締めた。
手放さないから。
初恋のひたむきを、貫いてみせる。




