負うた子
我が家の客間にクリスマスツリーが鎮座した。
私が子供の時に飾っていた物より大きく、飾りもずっと華やかである。
久し振りの依頼客は、そのツリーを見て目元を和ませ、優しく触れた。休日の昼下がり。高齢と見える婦人は、それでも背筋を凛と伸ばしている。銀鼠の着物を品よく纏い、お茶を運んで来た楓を見て、またも目元を和ませた。外は寒風が吹き荒ぶ冬日。明るい空ははるか遠い。
「娘さんかしら」
「はい」
「可愛いわ」
「恐れ入ります」
ちらり、と老婦人の目に迷いが見えた。
「この子のことでしたらお気になさらず。後学の為に置いておりますので」
「そう……」
老婦人は短い見事な純白の髪にちょっと手を当てると、お茶を啜った。添えた栗の渋皮煮は、この家の女性陣で作った物である。
「私、只、少しお話を聴いて欲しくて来ただけなの。どうこうしてもらいたいとは思っていない。解ってくださるかしら」
「はい」
「良かった。あのね。私、癌なの。末期。もうすぐ髪も抜けるわ。今日は、我儘を言ってこちらに寄らせてもらったわ」
「お辛くはありませんか」
「今日は調子が良いのよ。とっても」
日によっては非常に苦痛であるのだ。老婦人は晴れやかに笑った。
「家族も医者も、私が言うことは大抵、叶えてくれる。もうすぐ死ぬ身ですからね。大目に見てもらえるの。……私、戦争で親と最初の子を亡くしたわ。よく晴れた夏の日だった。空を戦闘機が埋め尽くして、晴れているのに暗く見えた。空襲警報が鳴った途端、家財道具も放り出して防空壕に私たちは走った。両親は先頭に。私は乳飲み子を負ぶっていたわ。耳に、歪な音が聴こえた。そう思ったら、両親が血塗れになって倒れた。私は二人に取り縋ったけれど、もう二人は事切れていた。泣く泣く子供と一緒に防空壕に逃げ込んで、子供が泣かないことを不思議に思って。背中から子供を下ろすと、あの子は真っ赤になって、もう、息をしていなかったの。今でも時々、考えるわ。前に抱っこしていたら、あの子は助かったんじゃないかって。私の背中に受ける筈だった銃弾を、あの子が代わりに受けたのよ。終戦後、夫が生還して、私は嬉しかったけれど、死んだ子供のことは、今でも夢に見ます。きっと、死ぬまで変わらないんだわ」
恐らく、道行く人はこの上品な老婦人を見て、恵まれた人と思うのだろう。それが人の性だ。しかし、蓋を開ければ、彼女はまだ烈火の地獄にいると知れる。私は何のコトノハも処方しなかった。彼女の嘆きのコトノハを服用した。今、必要なのはその一事だと感じたからだ。彼女は下手な慰めなど望んでいない。
「ねえ、お嬢さん。ちょっと、このおばあちゃんに抱き締めさせてもらって良いかしら」
楓が私を見たので、頷く。楓は老婦人に歩み寄った。
老婦人は楓をふんわり包み込んだ。
「守ってあげられなくてごめんね」
亡くなった彼女の子供は、女の子だったのだろう。微かな嗚咽が漏れる。楓はやや戸惑いながらも、おずおずと両手を老婦人の背中に回した。子を亡くした親の、母の嘆きとはかくも深い。時間は静かに緩やかに過ぎた。大きなクリスマスツリーと電飾が、この時ばかりは場違いだった。
レビュー、5ブクマありがとうございます。
寒いというコトノハしか処方困難になっている昨今。




