聖夜であれば
背中の痛みがだいぶ取れてきた。そして冬の風はごく控え目に、白夕とさだめの健在を知らせたので、私は複雑ながらも安堵した。きりがない、と劉鳴殿には叱責されるのだろう。私は縁側の硝子戸にそ、と手を添えて外を眺めていた。鈍く動く人であるかのような曇天が頭上に広がっている。陽光が遠くなるのは冬の常である。
「ことさん」
見れば楓が立っている。少し、背が伸びたように思う。育ち盛りだ。
「どうしました、楓さん」
「私、音ノ瀬を継いでも継がなくても良いよ」
「…………」
「ことさんが良いと思うように決めて」
「貴方の人生ですよ」
楓は綺麗に笑った。
「ことさんに逢えたからこその人生だったから」
楓の髪は肩を超すくらいで切り揃えられ、華奢な体躯の先は乳白色で、匂うような可憐な少女だ。本当に、随分と大きくなった。硝子に指を滑らせながら私は語る。
「楓さんの意思を尊重したいのです。実際の話、貴方にはコトノハ処方の才があります。それも極めて高い。音ノ瀬を継ぐ資格は十分にあるのですよ」
但し、当主ともなればコトノハ処方だけでなく、煩雑な諸事にも当たらねばならない。それらの処理に、この子が慣れていけるだろうかと思う。
「かささぎさんは?」
「かささぎさんは、音ノ瀬を継ぐことを望まないでしょう」
「他の人の考えは違うかもしれない」
ああ、この子はもう解っているのだ。音ノ瀬を取り巻く環境や、人々の様々な思惑が。
「私はこの件に関して、頑迷な人の意見を容れる気はありません」
断言する。楓が、私の言葉をなぞるように、硝子に手を添えた。硝子の外は震える空気だ。鳥や獣が身を寄せ合い寒さをしのぐ。
「ことさんが、良いと思うようにして。それが何であれ、私は従うから」
「自分の意思を手放さないで。尊重してください。私は、楓さんの幸せをこそ願っています」
弾かれたように、楓が顔を私に向けた。
「かささぎさんと、ひーくんと、私とことさんで暮らして行くことは出来ないの?」
澄んだ瞳には懸命な色。
「難しいです。かささぎさんを都合の良い神輿として担ぎ上げたい一族の人間は、少なくないでしょう。私は彼をそんな渦中に巻き込みたくない」
「弟なのに……」
「弟だからですよ」
私は物柔らかに告げる。今、一つ屋根の下に聖や楓のみならずかささぎまでもいるのは奇跡のようなことで、そしてその奇跡は長続きするものではないと私は思っていた。もうすぐクリスマスが来る。聖夜には願っても良いだろうか。この奇跡がずっと続くよう、空恐ろしいように大それたことを、祈ることは許されるだろうか。
どうあっても九藤はことさんを楽にしたくないようです。
我ながらSだなあ。




