鍋島緞通
白い長髪を靡かせて、麒麟はにこやかに玄関口に立っていた。晩秋にしては温暖な日の昼下がり。鳥の鳴く声が愛らしく響いている。
「わざわざお運びいただいてすみません」
家の立て直しにまだ忙しい最中だろう。しかし麒麟は意に介さずと言った風で後ろを親指で示した。
「気にしないで。それよりお土産があるよ。水草」
「はい」
式神の少女が丸めた絨毯のような物を持っている。
「ともかく、お上がりください」
インクブルーの茶器で温い緑茶を出す。水草が客間に置き、広げた物を見て、私は目を瞠った。
「鍋島緞通ではないですか」
「この間、所用で佐賀に行ってね。お土産だよ」
いやいや、ちょっと待て。
鍋島緞通は日本で初めて作られた木綿製の手織り絨毯である。江戸は元禄年間に中央アジアからトルコ、中国などを経由して、佐賀の地に技術が伝わったとされる。精巧な作りで雅趣に富んでいたことから佐賀藩の御用品となった。藩主の気に入りで贅の限りを尽くしたその様は「殿様座布団」とまで呼ばれた。熟練の職人でも一日に三センチ程しか織れない。ゆえに高価であることは言うまでもなく、鍋島緞通は「一畳百万円」と謳われるのだ。それをあっさり土産とは。
「この客間の畳も趣があって良いけど、これからの季節はちょっと寒いだろ? 牡丹柄つきの緞通を敷けば華やぎも出て良いんじゃないかと思ってさ」
「私は貴方に結界の依頼をしたくてお呼びしたのですが。これではあべこべです」
「良いんだ。ことちゃんには色々と世話になったし面倒掛けたからね。ここは俺の顔を立てて貰っておいてよ」
「…………」
「それで? 弟君を守りたいって?」
「はい」
高価な土産の件はひとまず置いて、私は麒麟に事の詳細を語った。
「成程ねえ。ことちゃんに弟って言うのもびっくりだけど。そうか。音ノ瀬隼太か。難事だね」
「強固な結界を、うちに施していただきたく」
「良いよ」
麒麟は両手をぐーんと天井に向けて、伸びをした。
しかし、報酬はどうすれば良いのだろう。相応の金額を考えてはいたのだが、とんでもない土産を先に貰ってしまい、私は途方に暮れた。
「今度さ、昴と来るから焼き鳥屋で奢ってよ。その弟君も一緒に。謝礼はそれで良いよ」
頭を悩ませる私に救い船を出すように麒麟がそう言ってくれるが。
「そんなことで良いのですか」
「かささぎ君は音ノ瀬当主の弟。顔繫ぎしておいて損はないだろ」
成程。それにしても破格の条件だ。水草は早くも鍋島緞通を畳の上に敷いている。確かに、こうして見ると如何にもな威厳は出る。
「じゃ、俺なりに九字法をアレンジした結界を張るから、しばらく一人にしてくれる? 一応、秘伝なんでね」
「はい。終わりましたら声を掛けてください」
私は麒麟と水草を客間に残し、かささぎがいる部屋に向かった。一日の内、頻繁に足を運んでいるのは、彼を心配してのことである。かささぎもまた、鬱陶しがらずに迎えてくれる。私は、彼がいることを確認して、毎回、安堵するのだ。
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鍋島緞通は高価で美しい工芸品です。
解説文は「人生を謳歌する生活快適マガジン 謳歌」より引用。




