指を切ったら絆創膏
隼太の行方がふつりと途絶えた。風は沈黙し、彼が懇意にしていたという情報屋兼総菜屋も店ごと消えた。こうも完璧に行方をくらませることの出来る彼のスペックの高さに改めて感嘆する。かささぎのことを思えば、隼太にはこのまま身を隠し続けてくれたほうが、都合が良い。例えかささぎが風を聴くことに堪能だとしても、こうも知らせのコトノハがなければ動きようがないだろう。二条と水谷は未だうちに留まっている。隠れ山にかくまおうかとも考えたのだが、二条の異能はいざと言う時に役に立つ。彼女自ら志願して、この家に残っている。水谷はそんな二条を飽くまで守る心積もりらしく、共に家に置いて欲しい旨、願い出たのだ。
「姉さん」
「はい」
「指、切った」
「え」
昼食の準備を手伝ってくれていたかささぎの人差し指に、ぷっくり膨れた丸い深紅がある。小葱を切ってもらっていたのだが、私は慌てて水道の蛇口をひねり、流水でかささぎの傷を洗った。コンロの火を止めて救急箱を取りに向かう。
「絆創膏、絆創膏。かささぎさん、ちょっとそのままで待っていてくださいね」
「こんな傷、舐めれば治るよ」
「いけませんよ。小さい傷でも菌が入ったら大変です。ちゃんと消毒して絆創膏で押さえなくては」
客間の戸棚から救急箱を取り出し、消毒液と絆創膏を持って台所に戻った。かささぎが傷口を流水に晒したままで、くすぐったそうな顔をしている。
「どうしました?」
「ううん。家族っぽくて良いなと思って」
「家族でしょう。少し沁みますよ」
私は流しの上でかささぎの傷に消毒液をかけ、手早く絆創膏を貼った。救急箱を片付け、味噌汁の入った鍋の火を再び点ける。青と赤の炎のコントラストが綺麗だ。かささぎの感傷混じりの台詞に、内心、私はしんみりしていた。
「ことさん、ブロッコリーのマヨネーズ焼き、出来たわ」
「ありがとうございます、二条さん」
手伝いを申し出てくれた二条に礼を言う。水谷はテーブルの上を台拭きで拭いている。聖と楓は庭の草むしりをしていて、劉鳴殿と撫子、芳江は買い出しだ。昨日は久し振りに雨が降ったから、庭の土壌が柔らかくなって草むしりしやすいだろう。
やがて昼食が出来上がる頃には、劉鳴殿たちも帰宅して、全員で揃って食卓を囲んだ。
「お醤油取って」
「はい」
「マヨネーズええ感じですわ」
「うん」
このように和気藹々としていると、まるで皆が家族の輪で繋がっているような錯覚に陥る。そんな平和な状況でないのは解っているのだが、束の間の温もりに今は浸っていたかった。
音ノ瀬本家の当主。
天響奥の韻流宗主。
それらは私が欲して手に入れた肩書ではなかった。私は、ごく普通の、温もりと笑顔に満ちた家庭がずっと欲しかったのだ。ままごと遊びと嗤われようと、今を大事に噛み締めていようと思った。
評価、3ブクマありがとうございます。
寒い寒いと言いながらちょこまか動いています。
ブロッコリーのマヨネーズ焼きは美味しいです。




