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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第三章
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季節を勘違いした

「どえっふっふっふう。かささぎさん、この純情可憐な撫子が起こしに参上しましたでえ」

 朝、目覚めたかささぎの視界を覆っていたのは、撫子の顔面だった。分厚い唇が今にもかささぎの鼻に触れそうなくらい近い。ぎょっとしたかささぎはすぐさま覚醒して、飛び起きると同時に後ずさった。

「おはよう撫子さん! 俺、起きたよ、大丈夫だからっ」

「お目覚めのチュウは」

「要らない要らない、ほら、芳江君にも悪いしさ」

 撫子が舌打ちでもしそうな面白くない表情で引き下がる。かささぎの鼓動は早鐘を打っていた。

「こと様が、お話があるそうです。朝食を召し上がったらいうことですので」

「はい、朝食! 食べます!」

 まるで兵士が鬼軍曹に返事するかのように一音一音をはっきりと発音して、かささぎは慌ただしく着替えの準備をした。撫子も流石に退散する。


 久し振りに朝食をまともに摂ったかささぎは、座卓の前で心臓のあたりに右拳を置いていた。

「姉さん。俺、すっごくドキドキした」

「え? 撫子さんに懸想を?」

「じゃなくて! 心臓に悪いから彼女を起き抜けの俺のとこに寄越すのやめて」

 まあ、かささぎがこのように言ってくる経緯は大体、予想がつく。

「陽キャだし良いかな、と思ったのですが」

「論点がずれてる。そういう問題じゃない」

「解りましたよ」

「起こしに来てくれるなら姉さんが良い」

 可愛いことを言ってくれる。思わず頬が緩むじゃないか。

「解りました」

「それで話って?」

 座卓の上には私と聖とかささぎの分の緑茶。私と聖は上座にいて、かささぎは対面する形で座っている。私は、聖の提案をかささぎに伝えた。最近の気温変化は不規則で、たまに夏日かと思うような日もある。今日はまさしくそんな日で、私は暖房を切り、縁側の硝子戸を開けていた。緩い微風は、今は何も告げることはない。ほら、うっかり者の蝉が鳴き始めた。かささぎの表情は微妙だった。頭の中で聖の提案を吟味していることが顔つきから窺える。

「副つ家の血筋的にそれはありなの?」

 やがてかささぎがまず尋ねたのは、その一点だった。聖が顎を引く。

「問題ないよ。かささぎ君にはある程度の鍛錬をしてもらうことになるけど。コトノハの才に恵まれた君なら可能だろう」

「俺、ふるさとに行ったこともないけど」

「今度、一緒に行きましょう。とても良いところですよ」

 私は言いながら、願わくばあの清涼な地に触れることで、かささぎが隼太への殺意を忘れてくれないだろうかと思った。けれどそれは次のかささぎの発言で甘い見解であると知る。

「うん。音ノ瀬隼太を殺したら」

「諦められませんか」

「こればかりは譲れない」

「…………」

 私は座布団から降りて、畳に額を擦りつけた。

「こと様」

「後生です。かささぎさん。前を向いて生きてください。隼太さんには然るべき罰を受けてもらいます。それを落としどころとしてください。お願いします」

「姉さん、駄目だ。そんなことしちゃ……」

 かささぎの動揺が伝わる。私は更に額を強く擦りつけた。何も言えなくなったかささぎに代わり、聖が私の肩を穏やかに掴んで上体を起こさせるまで、私はずっと畳に顔を伏せていた。()(ぐさ)の匂いが鼻をつんと突いた。

 季節を勘違いした蝉が鳴いている。



あれ、今、11月だよね? と疑いたくなる暖かい日が多いです。

ようやく明日(今日)あたりからぐんと冷えるとか。

皆さま、体調管理にご注意ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] どんな悪辣な人間でも血を流すことを厭うことさん。 でも、隼太が黙ってそんなの受けるのかねぇ……。 隼太当人が聞けば、だからお前は向いていないんだと吐き捨てることでしょう。
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