遠くても逢えなくても
結局、かささぎは布帛の通夜にも葬式にも行くことはなかった。私は彼の身の安全を憂慮していたし、また、心のほうも心配だった。布帛はかささぎにとって同僚で仲間で、何より親友だったのだ。私は、頼みに応じて来てくれた岡田と和久に感謝した。彼らが帰ってから、ほんの僅かではあるが、かささぎの顔に血の気が戻った。包む空気が柔らかくなっている。
夜、かささぎのいる部屋を訪れた私は、そのことに安堵した。まだ傷の癒えぬ弟の髪をそっと撫ぜる。温かい。この体温は失えない。隼太にかささぎを殺させはしない。
「姉さん。ごめん」
「なぜ謝るのです」
「迷惑をかけた。今も、かけてる」
「姉が弟の面倒を見て、いけない法がありますか。私は、ずっと貴方に何も出来ませんでした。このくらいが何だと言うのです」
「俺、出て行くよ」
「許しませんよ」
穏やかだが断固たる口調で私は禁じた。
「かささぎ。私に貴方を守らせて。心ごと」
彼の背中に腕を回す。このように一人前の男性となるまで、私とかささぎは隔てられて生きてきた。背中をゆっくりとさする。
「……何でそんな優しいの。俺、どうしたら良いか解らなくなる」
「姉だから。大好きだから。理由なんて、それくらいで十分でしょう」
「俺。俺さ。姉さんの存在が心の支えだったんだ。家族がみんな死んでから。いつも自分に言い聞かせてた。大丈夫、まだ姉さんがいるって。遠くても、逢えなくても、同じ空の下で姉さんが幸せならそれで良いと思ってた……」
私ではない。優しいのはかささぎのほうだ。不遇な身の上でありながら、私を恨みもせずに真っ直ぐ育ってくれた。私はかささぎの心根の健全を思った。かささぎの身体から力が抜け、どこか気怠いようだ。心身の疲労が溜まっているのだろう。眠いのかもしれない。私はかささぎに寝間着に着替えるよう促し、後ろを向いて彼が着替えている間、布団を整えた。かささぎは素直に身を横たえる。
その額に手を置いて、私は小さく子守歌を歌った。遠い昔、祖母に歌ってもらった子守歌は、ふるさとの光景を表現したものだ。竹林の葉擦れ、川のせせらぎ、四季の巡り。ゆっくりした調子で歌っていると、かささぎの瞼が閉じ、寝息が聴こえるようになった。
しばらく、眠る弟の顔を見る。泣きたい気持ちを持て余していた。罪なくして、かささぎは多くの悲しみを背負っている。とりわけ今は布帛のことが無念だろう。隼太を殺したい程、憎んでいるだろう。それを手放せと言うことは出来ない。しかし、かささぎに隼太を殺させることも出来ない。血の恩讐を、かささぎに負わせたくなかった。
豆球だけにした部屋の中は薄暗い暖色に満ちている。私はかささぎの寝顔を長い時間、見つめると、静かに暖色を後にした。
レビュー、ブクマありがとうございます!
逢うことのない人の幸せを願うのは、とても優しいことだと思うのです。




