立冬の日に
かささぎが姿を消したのは立冬だった。お世話になりましたと書かれた紙を机上に見つけたのは藤一郎だ。物憂さが彼の表情を支配する。美貌が微かに揺らぎ、唇が動いた。
「莫迦だね」
かささぎを四人目の息子のように可愛がり、面倒を見ていた美沙はさぞ寂しがるだろう。現状が必然であることは以前より解っていたが、藤一郎はやはりかささぎの不在を惜しんだ。ここにずっといれば良かったのに。姉の庇護の下、生きることをかささぎは拒絶したのだ。誰よりもその姉を守るだけの為に。生成り色の布団とシーツは主を失くしてぽつりと部屋に浮かび侘しい。日光が射し込み、生成りに陰影をつけているだけに余計、そう感じられる。無人の部屋の空虚をしばし黙視した藤一郎は、軽くはない気分で部屋を後にした。これから自分が告げる言葉に、母の顔が曇るであろうことを予期しながら。
その知らせはすぐに私のもとに届いた。私は藤一郎と言葉少なに遣り取りして、黒電話の受話器を静かに置いた。艶のある電話をどうするでもなく、撫でる。私の弟は行ってしまった。私の為に陽だまりを抜け、戦場へと舞い戻った。私は客間に端座し、外を眺めた。薄い表皮のような青空に白雲が淡く浮いている。目を凝らせば天使の階梯も見える。
私はかささぎを喪うのではないかという漠然とした不安に駆られていた。それだけは容認出来ない。片桐は行方不明だったかささぎを何の疑いもなく受け容れてくれるだろうか。そのくらいの鷹揚は示して欲しい。そのように気を揉む私の耳に、玄関の戸が開閉する音と、帰宅を告げる聖と劉鳴殿の声が聴こえた。買い物に行ってもらっていたのだ。二人は私を見るや、何があったかを察したらしい。
「かささぎ君が消えましたか?」
直截に尋ねたのは劉鳴殿だ。私は無言で頷く。劉鳴殿の顔色は常と変わらず飄々とした感があるが、聖のほうは翳りがあった。聖は私に連なる者を大切にしようとする。換言すればそうでない人間には取り立てて興味を示さないのだが、かささぎのことは彼に告げた言葉通りに、守る心積もりでいるのだ。私は、聖のそんな心情を有難く思い安堵した。
「戻らないかと思ったよ」
布帛の家を真っ先に訪ねたかささぎに、布帛は開口一番そう言った。静かな声音には、布帛の抱く複雑な思いが宿っている。綺麗に片づけられた室内に、かささぎは足を踏み入れた。布帛の脇を軽く小突く。
「どうして。俺の帰属はかたたとらだろ」
「音ノ瀬ことがあちらにいるからだろう。お前は、あっちの居心地の良さにほだされてそのまま居つくかと」
モノトーンで統一された調度品の中、まるで自宅にいるかのようにごろりと仰向けに転がったかささぎが咽喉の奥で笑う。そんな彼に、布帛はジャスミンティーを出した。そつのなさが表れている。
「片桐社長に顔を見せてやれ。心配していた」
「俺の離反を?」
「いや、そうじゃない」
「布帛は嘘が下手なんだよ。コトノハ遣いでなくても簡単に見抜ける」
かささぎの遠慮のない物言いに、布帛は苦笑し、自分もジャスミンティーに口をつけた。それから改めて、お帰り、とかささぎに言った。
少し無理をしました。が、頑張ったので明日も薬局営業できそうです。




