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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第二章
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初冠雪

 片桐は机の上を人差し指でコツ、コツ、コツ、と叩いている。不興であるのは火を見るより明らかだ。昨今は片桐にとって面白くないこと続きで、さぞ憤懣も溜まっているのだろう。そして片桐は人を使う資質において堅田前社長より劣る。アーサーは(すい)(りょく)の瞳で片桐を注視しながらそう判じる。堅田が有していた吸引力が片桐にはない。老練な堅田の手腕をアーサーは高く評価していたが、片桐はそれと比較して矮小である。人の器というものを鑑みるのであれば、音ノ瀬ことのほうが遥かに大きいだろうとアーサーは考えていた。

「かささぎの行方はまだ知れないのか」

「はい」

「消されたか。または造反か。あれは音ノ瀬ことの異母弟だ」

 苛々とした口調に、アーサーは冷ややかに返す。

「それを逆手に取る手段もあったのでは? かささぎ君は死んだのかもしれませんよ」

 広い社長室の隅に立つ布帛は、そ、と言い添える。

「或いは、捕虜となっているのやも」

「では捨てる」

 この言い様に、アーサーは呆れ、布帛は黙り込んだ。

「二条たちは音ノ瀬本家なんだな」

「はい」

「どいつもこいつも!」

 片桐は机の上に置かれた書類や筆記具、パソコンや電話を手で薙ぎ払った。機械類が悲鳴のような音を立てて床とぶつかる。その内、一本の万年筆がコロコロと転がり、アーサーの足に当たって止まった。アーサーは緩慢な動作でそれを拾い上げる。漆に風神雷神の意匠を凝らした蒔絵技法が使われた上等の万年筆は、堅田が片桐を次期社長にと指名した時に贈った物だ。片桐には過ぎた物だとアーサーは思いながらそれを手渡した。

「落ちましたよ。大事な万年筆でしょう」

 片桐はその美麗な万年筆を見て、多少、頭が冷えた表情になり、アーサーから受け取った。じっと視線を万年筆に落とす。

「かささぎの居所が判れば迎えに行っても?」

 布帛の静かな申し出に、片桐はああ、と小さく呟いた。

「もし音ノ瀬に囚われているようであれば雅山あたりも連れて行くと良い」

 先程より発言が穏当になっている。アーサーは目を細めた。まだ捨て時ではないかと考える。片桐が音ノ瀬本家を攻めあぐねているのは、本家に集う面々の能力値が軒並み高いからでもあり、音ノ瀬が広く政財界にさえ根を張っている為でもある。叩き潰すには音ノ瀬は巨大過ぎた。だからこその、片桐の苛立ちである。

 片桐の机の周辺には紙や機械の部品が散乱し、抽象画にも似た趣を呈していた。


 社長室を退出したアーサーと布帛は、しばらく廊下を無言で歩いた。靴音だけが響く。

「かささぎは音ノ瀬に就くかな」

「…………」

 どこかそれを面白がる口調で言うアーサーに、布帛は沈黙を返す。緑の目がちらりと横を歩く男を見る。

「君は友人と戦えるかい」

「かささぎはきっと戻ってくる」

「希望的観測を聴きたい訳じゃないんだよ」

 アーサーは逃げを許さない。対する相手をとことんまで追求するのはアーサーの性分であり、場合によっては悪癖となった。布帛は廊下の窓硝子から外に視線を移す。緑色の双眸の圧力から逃れようとする。一つの雲さえ見つからない青空が広がっていた。遠く眼下には街並みが見渡せる。街の更に向こうには山々があり、薄い青色絵具で着色されている。頂きには白。今年の初冠(はつかん)(せつ)はいつだったのだろう。その僅かな白を見据えたままで布帛は答える。

「俺は戦う相手を選り好みしないよ。アーサー」

「それを聴いて安心した」

 きっぱりとした布帛の物言いに、アーサーが微笑を浮かべる。コートなしでは寒い季節になってきた。間もなく空から白い冬の使者が舞い降りる日が来るだろう。



ブクマありがとうございます。

本日はコロナワクチン接種の為、数日、

薬局をお休みするかもしれません。

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