エンゲル係数と雨の謡
私は水谷から、片桐が二条の造反許し難く報復に出ようとしたこと、二条は家族を巻き込むのを避ける為に単身、姿をくらましたこと、それを予め水谷だけには知らせたので、水谷も二条と合流したことなどを聴いた。
二条が宝珠の在処を教えてくれなければ、私は今、こうしていなかったかもしれない。恩義に報いる必要を感じた。何はともあれ、精をつけさせなくてはならない。
ささみを丁寧に取った出汁で根菜と共に煮込んだ物と、卵雑炊を拵えた。スーパーで買った練り物などもトースターで焼いてみる。
料理が出来上がる頃、丁度、空が泣き始めていた。それは美女が声もなく忍び泣くように、静かな降りようだ。縹色の雲が、広がる天が上にある。楓の提案で、林檎を擦った物も用意した。
水谷にこれらを食べさせ、更に彼には焼いた手羽元も出すと、彼はペロリとこれをたいらげた。それからまた泥のように眠る。
二条は、卵雑炊と擦り下ろした林檎を特に好んだ。水谷と違い、まだ余り食が咽喉を通りにくいようだ。熱も少しある。私は治癒のコトノハを処方した。二条はそれまでより明らかに楽になった呼吸で、眠りに就いた。薄く開いた唇は、紅も塗っていないような優しい花色だ。
私たちも早めの夕食を摂っていると、劉鳴殿がうちを訪ねてきた。蛇の目傘を手にしている。紺碧一色の単衣に目の覚めるような朱色の大判ストールを肩に掛け、全てを承知している落ち着いた表情だ。やはり劉鳴殿がいると安心する。日頃は何かとお騒がせの子供じみた行動もとる人ではあるが、ここぞというところで頼りになる人には違いないのだ。劉鳴殿も夕食に加わった。
「玲一君の家にかささぎ君がいるのは良いことですね。何せ堅牢だ。さしもの隼太君も迂闊に手が出せまい。問題は二条さんたちですかね。僕の見たところ、片桐社長は執念深い人だ。二条さんと水谷君を擁するこの家をも、急襲する恐れはあるでしょう。ですので」
にっこりと劉鳴殿が笑顔になる。
「当分は僕もこちらにご厄介になります」
これには私も素直に頷いた。
「助かります」
「それにしてもお宅のエンゲル係数は高そうですねえ」
練り物を肴に早速、一献、傾けながら劉鳴殿が含み笑いをする。
「大抵のお客人は何かしら持参してくれるのですが、一方では飲食するだけの人もいますので」
私は劉鳴殿の当てこすりに、さらりと嫌味を返した。劉鳴殿が肩を竦める。客間にある漆黒の座卓の上には滋味に満ちた料理が並び、その光景だけでもほっとする。垂れ込めた空の向こう、遠くで小さな龍のような稲光が見えた。雨の謡は淑やかである。
2ブクマありがとうございます。
祭日ということで薬局営業しました。
美味しく服用していただけたら何よりです。




