緩和剤の到来
俊介は久し振りに訪れる音ノ瀬本家を前に、身だしなみをチェックした。髪に寝癖などがないか。よもや薄いグレーのカーディガンに穴など開いてはしないか。持参したいくらの瓶詰やミックスナッツ、ドライフルーツに泡盛の古酒、それぞれ不備はないか。そして心持ち、パンパン、と服を叩いて、自分にも気合いを入れた積もりで足を進めた。まだ昼前だが太陽は天頂にあり、早くも傾きかけている。
私は気づくと楓を腕にすうすうと寝ていた。
そうか。あのまま。
寝入る積もりもなく、少し楓の体温を感じようとしただけなので、髪もほどかないままで見事に朝を、いや、もう昼に近い、迎えてしまったのだ。まだ眠る楓の上に陽光が象る樹の影が黒を点々と落として模様のようだ。私は、楓の寝顔をじっと見つめた。こうした至福の時間ばかりで人生が過ぎれば良いのにと思った。呼び鈴の音。私は楓に改めて布団を掛け直し、自分は部屋に戻り浴衣から着物へと着替えた。
客は俊介だった。献上品つき。
私と、聖をちらちら見て、落ち着かない様子だ。無理もない。私たちはつい昨夜、夫婦喧嘩をしたばかりなのだから。どちらかと言えば私が一方的に聖を責めた。と、いうことをおくびにも出さない笑顔を心掛けたのだが、そこは流石、探偵と言うべきか察しが良い。撫子はばりばり海苔巻き煎餅を食べ、芳江はやたらとお茶を飲んでいる。
「あの。これ、お届けに上がっただけなんで。俺は帰りますね。並木たちも待っているだろうし」
逃がすか。私はにっこり。
「まあまあ。まだ日は高いですが、ご一緒に宴にでもいたしませんか。せっかくこんな御馳走が揃ったところですし。朝、炊いたご飯はまだ残りがありますし」
「いやー、でも」
「まあまあまあまあ」
結局、私が押し切った。俊介は緩和剤だ。久しくその存在を忘れていたが。いるだけで場を和ませる。聖はやや気落ちしている風情だし、撫子たちは私たちに遠慮している。もーちゃんは俊介の頭に乗っている。
その後は、三々五々、散らばって飲んだり食べたり。
私はいつもの縁側で風を聴いている。時折、泡盛をちびり、ミックスナッツを齧り。横に当然のように座る聖が小憎らしい。妖怪小僧の癖に。ずるっこの癖に。
空は淡青色にうっすら雲が浮かんでいる。細く棚引く。
そうか。かささぎは目覚めたか。泣いた、と聴いて、心中、複雑なものがある。厚遇してやってくれと返した。かささぎの立場を考えれば、ある意味当然だった。聖はそれらを無言で聴いていた。
「僕をお許しくださいませんか」
私は嘆息する。
「とうに許していますよ。そもそも、貴方を責めるのは筋違いです。……父ですね。元凶は。だから、そのこともあって貴方は父を嫌っていた。父が私に冷たかったからだけではない」
「…………お父上は不器用な方でした」
「お解りでしょう。それが免罪符にはならない」
私は、かささぎを思い遣り、悲しくなった。それきり、黙り込んでいた私たちの間に楓が慌てて飛んで来て、私は彼女の髪の乱れを直してやった。愛おしい子の髪は、一本すらもが愛おしい。
なぜ父はそうあれなかったかと、そのことが悔やまれる。
ブクマありがとうございます。
秋さんはどこへ行ってしまったのか、今日は外を歩けば
汗がじんわり出る夏日でした。
着る物に困るのですが…。




