無力で無知で無邪気であれば
――――ふるさとの風がゆるりと吹く。何を伝えるでもなく、私の髪を揺らして去ってゆく。
薄紅の紅葉だった。燃えるような苛烈さはなく、見る者の目に優しく映る。
祖母の祥月命日に、私は聖とふるさとを訪れていた。私たち音ノ瀬一族に墓石はない。死ねば遺灰はふるさとの寺の境内に撒かれる。だから私たちが立っている今この場所が、既に死者のねぐら、安息の地だった。私は大輪の菊を中心に、用意した花をそっと地面に置く。下草は短く、苔むしている箇所もある。日が黄金の筋のように樹々の葉の間から射し込む。鳥の声。
ここに来ると、いつもほっとすると同時に、異界と交信しているような気になる。
おばあさん。貴方が逝って、私はとても悲しく寂しかった。私は聖に寄り掛かった。貴方の不在を聖で埋めようと浅ましくも思ったのだ。聖はそれを見越した上で、私を許してくれた。大概が私に甘いのが聖の昔からの常だった。
祖母が逝ってから、両親の仲はどこかぎくしゃくしていたように思う。いや、それは以前からで、祖母がまだしも円滑に見せていたものを、改めて露呈させたと言うべきか。私はその所以を知らず、どうしたのだろうと他人事のように俯瞰していた。私と両親にはそのくらいの精神的距離があったのだ。
灰紫の着物を纏う私は、膝を折り、柔らかな地面を撫でた。人肌の温もりは到底、得られなかったが、どこか安らぎを感じる。小さな雀が近くに降り立って、小首を傾げて私を見上げる。臆さない子だな。戯れに私が手を伸べると、ちょんちょん、と近寄って来て、掌の上に乗った。余り驚きはない。こうしたところがふるさとならではなのだ。まだ小雀に見えるその子は、私の掌に自分の茶色い頭を擦りつけた。
無邪気な恐れ知らずが少し羨ましい。私はそのように在ることが出来なかったからだ。私の家は私に安寧をもたらさなかった。父と母が真実、愛し合っていたのかどうかさえ疑わしい。二人共、コトノハの処方に長けていたから、サラブレッドを生む為の婚姻だったのかもしれない。
そこまで考えて、私は死者に意地の悪い思いを抱いていることに気づき内省する。私の隣には聖が当たり前のようにいて、それで十分な筈なのに、時折、心に寒風が吹く。どうしようもないことだった。
何も知らない、無力で無知で無邪気な子供でいられたらどんなに良かったか。けれど音ノ瀬は私にそれを許してくれなかった。劉鳴殿は知っていたのだろう。私の心を。だから、天響奥の韻流を私に継がせると告げた時、謝ったのだ。これはきっと貴方の重荷を増やすだろうけれど、とそう言って、あの白い頭のつむじを見せた。私は、その誠意ある態度から、劉鳴殿の申し出を受け容れた。
雀が飛び立った。青い空に黒い小さな点が一つ。
飛べるだけ飛べば良いと思う。あの雀は私と違い、その為の羽を持つのだから。
評価ありがとうございます。
秋さんの滞在日数が短く、冬さんがすぐに
やってこられる気がします。
今年の紅葉は楽しめるでしょうか……。




