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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第三章
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白の理由

 暮れなずむ刻限。人恋しさが募る時間帯。

 白菜と大根がうちにやって来た。

 間違えた。

 白菜と大根を持った秀一郎がうちに来た。

 秀一郎はどうでも良いが、二種の野菜はよく肥えて、受け取るとずしりと豊かな重みを腕まで伝え、ほくそ笑みたくなる。

 白菜の煮浸し。大根と豚肉を茹でた物は自家製の柚子味噌と合う。無論、日本酒とも合うことは言うまでもないが、さておき。


 楓に食べさせてやりたい。


 その一念に尽きた。

 心の声が聴こえた訳でもあるまいが、秀一郎がもたらしたものは季節の恵みだけでなく、朗報もであった。


「花屋敷の所在が知れました」


 天高い秋の出番は終わったとばかりに、空の機嫌のじめつきが続くこの頃。

 今年は暖冬になると言うが、それでも確実に凍てつきを予感させる冷えは肌に忍び寄り、忘れるなと囁くようだ。

 私は洋服のブラウスの上から、秋冬の山野を思わせる、絞り模様が鮮やかな紺にエメラルドグリーンを溶け込ませた寒色の羽織を纏っている。樟脳(しょうのう)と香の匂いが入り混じって、洋服を着ていても和装気分になる。

 晴れやかさとは遠い空の下、重い荷を抱え、報告に出向いてくれた秀一郎には、梅昆布茶を出した。

 黒い卓上に知り合いに貰った裂き織りの、こちらは春の野原を思わせる乙女なコースターを三枚敷き、厚くぽってりとした生成り色の、若手陶芸家の湯呑みを並べる。

 礼を言ってから湯呑みを持つ秀一郎の表情は平生と変わらない。

 白麻の背広も相変わらず。これが冬本番になると白カシミアになるのだ。

 徹底している。

「花屋敷は隠れ山の一つにありました」

 鼈甲ぶち眼鏡を、茶の湯気で曇らせながら秀一郎が報告を続ける。


 ――――隠れ山。


 日本各地域に点在する音ノ瀬の管轄地。

 ふるさと同様、一族の緊急時避難場所ともなる。

 管轄地とは言うものの範囲は広大で、目が行き届いていない。

 隼太の潜伏先としては盲点だった。


「では明日、僕と秀一郎君で出向くということで。よろしいですか、御当主」


 聖は白シャツにアーガイルのカーディガン。

 緑、青、赤、のアーガイルの柄を聖が着ると、童話めいた雰囲気が出る。

 時計を持って走ってそうだ。


「愚問ですね、聖さん。私も行くに決まっているでしょう。楓さんは、……」


 私の子だ、とは言い切れず、中途半端に言葉を切る。


「仰るとは思いましたが危険です。花屋敷が音ノ瀬隼太の拠点であると確定した訳ではありませんが。彼に同調する者が何人いるか、また、その力の程さえこちらは把握出来ていないのです」

 秀一郎も聖の見解に頷いている。

 お前たちなら危険性を冒して良いのか。

「言い方を変えます。私も行く。これ以上、異を唱えるコトノハは無用」

 聖と秀一郎の面持ちが、複雑そうに、神妙に改まる。

 本家に近い彼らにとって、音ノ瀬家当主の意向は絶対だ。

「……畏まりました」


 そう言って平伏した白い頭と黒い頭に、ごめんね、と心の内だけで呟いた。

 ごめんね。

 我が儘を言ってすまない。

 

 それでも私は楓を取り戻したい。

 自分自身で、あの小さなひとひらを迎えに行ってあげたいのだ。

 もう一度ひとひらの熱をこの手に感じたい。

 どうしても。



 暖色を部屋に投げ掛ける、美装のランプの水玉を秀一郎は見上げた。

 聖の滞在する部屋。

 夕飯を食べて行けと、ことに言われたあと。

「僕に話というのは何だい、聖君?」

 その声が合図だったように、聖がそれまで座っていた出窓から畳に降り立つ。

 正面から秀一郎の前に立ち、自分よりもやや高い目線に赤い瞳を合わせた。

「君が希望している、御当主の婿養子となる件だ。希望を取り下げてくれ」

「……副つ家としてのコトノハかい」

「いや」

「では」

「男として」


 異なる色合いの視線同士が対峙する部屋に、温かな食べ物の匂いが漂ってくる。

 夕飯の準備がもう始まっているらしい。

 秀一郎は眼鏡を外した。


「じゃあ、僕も男として答えよう。希望は取り下げない」

「…………」

「不満かい?」

「いや、想定通りの返事だ。君が真摯で誠実な男だということを、僕は十分に知っている」

「にも関わらず、言うことを選んだ。参戦の意思が固まったというとこかな。出来れば君には、傍観する大人の役目に徹して欲しかったよ」


 聖の赤い目が、秀一郎の裸眼を捉え、苦しそうに笑った。

 懊悩の残滓がまだ口の端に見えるように。


「……諦め切れなかった。……無様と承知の上で……それでも、こと様に手を伸ばしたいんだ……」


 現実と隔絶した世界。

 そう言えば聴こえは良いが、要は大衆の流れとずれた空間である、ふるさと。

 その守り人たる副つ家は、人にあって人にあらず。

 深く関われば夢幻に喰われてしまうとも言われる。


 聖は目の前の若者を眺める。


 同性の目から、ことを想う身から総合評価して、秀一郎程に望ましい相手もいないだろう。人格も頭も優れ、現実社会と上手く折り合い、経済活動を円滑に営み、コトノハを処方する力も優れている。幼馴染でもあることの気質への理解もある。

 

 容貌も見栄えがする。

 白髪、赤目ではない、普通に世間に受け容れられて好まれる姿。

 

 ――――ことと並んで正々堂々と往来を歩ける。

 きっとお似合いだと言われて。


「僕は君が羨ましかった」


 聖は初めての本音を秀一郎に告げた。

 秀一郎の裸眼が僅かに大きくなる。


「君は僕の欲しいものを、全て持っているから」


 聖の悲しい微笑が、秀一郎には色んな意味で衝撃だった。


「……強欲だ、聖君。あれだけ――――あれだけ、ことさんに特別扱いされておきながら。僕が何度、彼女から〝ウサギさん〟の話を聴かされたと思う?子供の頃、夢見る眼差しでことさんは君を語った。繰り返し繰り返し――――だから僕は」


 浴室のほうから水音が聴こえる。

 ことが浴槽を洗っているのだろう。水音は空気を伝いよく響く。

 非常時にも連綿と営まれることの日常が、嗅覚に聴覚に入ってくる。

 それらを感じながら、暖色の雪景色に二人の男は向かい合う。

 赤い目は秀一郎に据えられたまま逸らされない。


「白い色を着るようになったのも。君に近く見られるんじゃないかという、滑稽で陳腐な理由からだ。子供じみて莫迦げた思考でも、そうせずにはいられなかった。君のほうだ。君のほうが、僕の欲しいものを全て持っているんだよ。僕がどんな社会的評価を得ようと埋まらない」


 聖も虚を突かれた顔になっていた。

 鏡や、木霊のように。

 互いに羨望の姿を見て、跳ね返る声を聴いている。


「――――君とここまで見解が喰い違う日が来るとは思わなかった」

「僕もだよ、聖君」

「そうまで考えてくれるなら。身を引いてはくれないかい」

「愚問だね、聖君」


 にやりと挑発的な笑みが返る。いつもの秀一郎らしい。


「へえ」


 なぜか楽しい。

 対決している構図の筈なのに。

 聖はそれまでよりも秀一郎に友情を感じていた。

 昔はよくことに泣かされていた子供だったのに、見事な成長を遂げた。


 秀一郎の存在は、聖とことを徹底して孤独にしなかった要因の一つだ。


 若い命に、胸中だけで礼を言った。

 




挿絵(By みてみん)






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― 新着の感想 ―
[良い点] 真葛に叱咤され、やっと聖が本気で参戦ですか。後はことさん次第ですが、大概に面倒な人ですからね。それも自分で自分に二重三重にも呪いをかけちゃってる極め付きときたものだ。 そして、秀一郎も引…
[一言] 聖が秀一郎に宣戦布告?!とドキドキしました。 そしてその宣戦布告を秀一郎も受け入れるけれどお互いに引くことはしない。 ことに手を伸ばしたくなったという聖の気持ちが切なくて、やっぱり応援した…
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