エデンはどこか
隼太からの呼び出しを受けた恭司は、音ノ瀬家に向かう途中だった。小雨がぱらつく天気雨。傘の必要までは感じず、甘い刺激を受けながら歩いている時、携帯の音に気付いた。隼太からのラインに、用件は書かれておらず、只、すぐ来いとある。勝手気儘、傍若無人は隼太の専売特許だ。楓が気になったが、なぜか今は隼太を優先すべきと思えて、恭司は自分の直感に従い踵を返した。先日の夢の件もある。
隼太のマンションにはそれから二十分程度で着いた。雨は降っていた気配すら拭い去ったように上がり、空に架かる虹を視界の端に、恭司は合鍵を使い屋内に入った。隼太はリビングのソファーに座り、何か飲んでいた。恭司をちらりと横目で眺め、その目線で向かいに座るよう、促す。硝子コップに入った液体は透明で、アルコールか水なのかの区別がつかない。
つい、と隼太が小さな封筒を卓上で寄越した。
「何だよ、これ」
「航空券三人分。日付は明後日。お前から音ノ瀬ことに渡してやれ。行先は南の小さな島だ。コテージがある。家族三人で暮らすには十分だろう」
「ちょっと待てよ、隼太、どういうことだ」
「水木楓が恋しければ、お前も後から行くと良い。但し、かたたとらコーポレーションとの件を片付けてからだ」
「ちゃんと説明しろって!」
恭司は混乱していた。反対に、隼太は小憎らしいくらいに落ち着き払って淡々と話している。恭司の混乱を見て、僅かに目を細めた。
「あれは音ノ瀬ことには鬼門になるだろう。俺が納めてやる。音ノ瀬一族も動いてもらうがな」
「音ノ瀬ことは強い」
「そうだな。だが一方で脆さも抱えている。鬼兎が死んだ時が良い例だ」
「……誰かが死ぬって言うのか」
「少し違うな。俺が殺す。その必要を感じたからだ」
「一体誰を」
「かささぎ」
「――――? かたたとらの人間だよな。敵だ。どうして、その死が音ノ瀬ことに繋がるんだ」
続く隼太の声は怒る獣のように獰猛で、恭司は思わず息を呑んだ。
「音ノ瀬数人がろくでなしだったからだ」
「音ノ瀬数人? 音ノ瀬ことの父親だろう。解らない。自己完結しないで教えろよ、隼太」
「話はそれだけだ。音ノ瀬ことにそれを渡せ。見返りはきっちり要求するとも伝えておけ」
「隼太……!」
恭司には、何が何だか訳が解らない。隼太の独走は今に始まったことではないが、今回は酷過ぎる。しかし、ひとたび沈黙を選べば押しても引いても何も語らないのが隼太だ。とりあえず小さな封筒を持つ。たかがこれだけの紙切れに、重量を感じる。
「……渡しても、音ノ瀬ことは動かないぞ」
「その時はあれが莫迦な女で、鬼兎が無能な男だということが証明されるだけの話だ」
これは駄目だ、と恭司は悟った。隼太の言うように動いてみるしかない。楓の顔が脳裏に浮かぶ。彼女と離れて生きる可能性を想像して、恭司は息苦しさを感じた。
評価ありがとうございます。
隼太が飲んでいるのはウォッカあたりです。多分。
うちの近くの金木犀がとても大きく、通るたびに見上げてしまいます。




