ガーゼケット
布団から出たくない日というものが人にはある。それは万人に共通する感覚で、つまりは私にもある。音ノ瀬家当主だとか天響奥の韻流宗主だとかの肩書は関係ない。布団の温もりが恋しいのだ。肌布団とガーゼケットにくるまってごろごろする。ガーゼケットとは、ガーゼの肌触りを持つタオルケットで、これに包まれるととても心地好い。幼児に戻って親に抱かれているような安心感がある。加えて、まだ眠気があり、布団たちと何とも離れ難い。だから私は、戸の外にいる聖の物言いたげな空気を可能な限り無視しようとした。
「こと様……。そろそろお起きになられませんと」
「ぐうぐう」
「起きてらっしゃいますね。失礼します」
戸を開けて聖が入ってくる。
私はガーゼケットと肌布団を頭から被った。
「誰が入室を許可しましたか」
「すみません。……お顔をお見せいただけませんか」
「断固拒否します。私は今、お布団たちと戯れ、愛し合っているのです」
「それは妬けますね」
「では、聖さんも一緒に如何ですか」
「誘惑しないでください。寺原田さんたちが稽古をつけて欲しいとお出でです」
「お任せします」
「こと様」
ああ。私には人並みにぐうたらすることも許されない。兼業主婦はかくも大変だ。仕方なく頭を布団から出すと、思った以上の近距離に聖の顔があった。白髪。赤い双眸。
「先日の依頼の、高橋許斐さんが、また伺っても良いかと」
私の唇が緩む。
「もちろん。大歓迎ですとお伝えください」
「そう仰ると思いました」
聖が、私の隣に寝転がった。彼のこうした態度は至極、珍しい。疲れているのかな。当主である私の補佐を務める副つ家の主。その負担は、私が把握するより大きなものなのかもしれない。秀一郎たちが彼のサポートをしてくれてはいるけれども、秀一郎たちにも仕事や生活があり、補い切れない面はあるだろう。
私は聖の右腕にそっと頭を添わせた。
聖が私の髪を掬い上げ、鼻を寄せる。愛らしい仕草だな。
柱時計の音が、十時を知らせる。思ったより寝ていたらしい。聖は大分、譲歩してくれたということか。家に私一人で住まっていた時は、慣れた自堕落だったのだが、結婚して家庭を持つとそうもいかない。まあ、それでも十二分に甘やかされているほうだと思うが。
寺原田に稽古か。和久にも岡田にも三島にも、まだ伸びしろがあり、稽古の必要性は感じていた。寺原田の場合は、自主稽古で何とかなりそうなものだが。寺原田に天響奥の韻流を教えた父は、何を考えていたのだろう。ふと、父の母、つまり私の祖母に思いを馳せる。実質的に、彼女が私の保護者だった。あの和紙の歌。祖母は何を思い、あれを綴ったのか。聖のほっぺたをむに、と摘み、引っ張ってみる。紅玉の目はそれをも許容する色合いだ。仕方ない。起きるか。
起き上がった私に、少々、物足りなさそうな顔をした聖だった。
ブクマありがとうございます。
こちらは雨模様の一日でした。気温は適温で過ごしやすく、けれどこれが寒いと感じる日も遠くなさそうですね。
皆さま、体調管理にご留意ください。
ガーゼケットは良いぞう。




