彼女の歌
歯車が動き、日常という機械が展開される。
今日は依頼の日だ。縁側で依頼客の到着を待つ。そよ吹く風は冷たいくらいで、釣忍を鳴らして行った。透明に秋が紛れ込んでいる。秋は桜の葉を赤く染め、今にもその葉を散らさんばかりだ。今年もあと数か月で終わる。早いものだ。
客人はまだ幼い、楓と同じくらいの年恰好の少女だった。縁が太くて黒い眼鏡を掛けて、背の半ばまで伸ばした真っ黒な髪は重たそうだ。体つきはややふくよか。登校拒否の最中だと聴いた。彼女は黒い瞳をきょろきょろ動かしながら我が家の客間を眺めた。出された緑茶には手もつけず、開口一番、彼女が言ったことは。
「このお仕事で、この家を維持出来るくらいに稼げるんですか?」
客間には、私と彼女、高橋許斐しかいない。何と直截な言葉を投げる子だろう。学校で爪弾きにされているらしいが、成程、この正直さは時に凶器だ。彼女にとっても周囲にとっても。許斐の目はさあどうだと、試すように私に向いた。私は微苦笑する。私の人間関係で、私に対してこんな目を向ける人間はいない。隼太くらいか。そう言うと隼太は嫌な顔をするに違いないが。
「そうですね。他の貯えもありますから。ご心配いただき、有難うございます」
「――――いえ」
許斐は肩透かしを食ったような顔で、次はお茶の表面を見た。お茶の表面に全ての事象の答えがあるとでも言わんばかりの態度だ。
「私、別に貴方を信頼してる訳じゃなくて」
「はい」
「お母さんが行ってみなさいと言うから」
「はい」
ちら、と黒目が上がり、私を一瞥する。
「答えなんてここにはないのね。貴方と私とでは全然、違うもの。貴方は綺麗で瘦せていて、お金持ちで」
「……」
自分以外の人間が、皆、恵まれて見えることはある。許斐くらいの年齢だと、特にそれが顕著だ。しかし、クリスマスツリーを見上げて笑顔の人々が幸福だとは限らない。
「学校を、しばらくお休みされますか?」
この時、許斐が初めて縋るように私を見た。
「お母さんたちを説得してくれる?」
「しましょう。但し、一時的な措置になりますが」
「それでも良い。私、私、疲れたから、少しぼうっとしたいのよ」
この年齢の子から聴くには、悲しいコトノハだ。
「……許斐さんは今まで、とても頑張られたのですね」
「そう。かもしれない……」
繊細な感受性は時に生きることを困難にさせる。許斐はお茶に添えられた落雁を食べた。これ、美味しいと言うので、追加も出してあげると、少しだけ嬉しそうな顔をした。そうやって、甘い思いを重ねて、幸福を見出していければ良い。ご両親にも、コトノハを処方しておこう。孤軍奮闘してきたのであろう許斐の将来が、優しいものであるように私は祈った。一括して人を幸せにする魔術など、私は持ち得ないのだから。
評価ありがとうございます。
もうすっかり秋ですね。
紅葉狩りに行きたいところですが、紅葉はまだ早いようですね。




