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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第一章
536/817

愛情とチーズコロッケの格別な美味しさについて

 戦略を練る。戦術を思考する。

 この重大さを、音ノ瀬隼太は知悉(ちしつ)していた。恐らく、その有用を扱う手腕においてはことをも凌駕するだろう。

 ことは、強大過ぎる余り、隼太から見れば大雑把である嫌いがあった。木の根を張るように戦闘を〝(こしら)える〟一事において、隼太はことよりも抜きん出ていた。恐らくは音ノ瀬劉鳴よりも。

 軍師にも求められる類のこの能力を所持するのは、寧ろ聖であり、秀一郎だった。彼らは常に、自らより強い存在を見ていた。だからこそ、情報戦を重んじる。隼太にとっては、そんな彼らのほうが好ましかった。ことや劉鳴は、力及ばぬ人間が巡らせる策略を容易く蹴散らしてしまう。美学がない。

 美学。

 隼太にとって小匙一杯のアルコールの価値も見出せない言葉だが、あるものにはあると認めていた。美学に乏しい強者は無粋だ。何もかもを威風で吹っ飛ばしてしまう。隼太はそれよりは矮小である識者を選ぶ。総菜屋のチーズコロッケはとびきりに美味しい。夕食前に空かせた小腹には持って来いだったが、夕飯を作っている大海の機嫌は損ねた。そして、情報屋が本業である、総菜屋のチーズコロッケは情報でも特上のネタだ。その分、金はかさんだが、隼太は頓着しなかった。実際、払っただけの価値ある情報が転がり込んだ。

 大海が金平牛蒡を作っている。

 機嫌はもう直ったらしい。元来、一事に執着するということがない男だ。亡き妻と、その忘れ形見である隼太を除いて。

(……なぜあの男はかたたとらコーポレーションにいる?)

 隼太が知り得た情報が真実なら、それは奇妙な事実だった。そして、隼太が得た情報の信憑性は経験則に基づいても極めて高い。人が他者から見て奇妙と思える行動を取る動機は様々だ。憎しみや愛情ゆえであったり、金銭絡みだったりする。隼太は、この場合は情のパターンかと考える。それにしても解せないことが多い。

「春の小川は さらさらゆくよ」

「おい、コトノハが漏れてる」

「あ、ごめん」

 水道の蛇口から、栓を捻ってもいないのに水が流れ出たのは、大海の処方したコトノハの影響だ。正確には水に棲むプランクトンなどの微生物に作用した。

「大海」

「ん~?」

「母さん以外の女は考えなかったのか」

「はい?」

 大海が、珍しく目を転がり落ちそうなくらいに真ん丸に見開いて一人息子を見遣った。

「隼太、寝言なの? 寝るなら寝室で寝なよね。ご飯出来たら起こしてあげるから」

「……そうだろうな」

 そうだろう。これが音ノ瀬大海だ。自分の父親。妻である磨理だけを愛し続ける男。それは生死の垣根さえ超えて。そうであるならば。音ノ瀬ことの父親。音ノ瀬光美の夫である、(おと)ノ(の)()数人(かずと)であればどうだったろう。



2ブクマありがとうございます。

台風の被害、当初予想されていたよりはマシだったようで良かったです。

涼しい風に秋を感じます。

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