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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第三章
53/817

君はデイジー

  禽獣は嫌いではない。

  嫌いどころか隼太の好むところであるが。

「烏を室内で飼うのはやめろ」

 揺り椅子を揺らしながら、男の顔を見もせずに苦情を言う。

 ぎい、ぎい、と揺り椅子の音がそれに同調するようだ。

「賢いよ。隼太によく似て。なあ、隼太?」

 男が腕に留まる烏に呼びかけると、付き合いよく烏が鳴いた。

「そんな問題じゃない。その名前もやめろ」

「それよりもう硝子戸を閉めよう。寒いよ」

 隼太は溜息を吐く。この、飄々として捉えどころのない男は、マイペースを体現したように生きている。周囲の声に頓着するということがまずない。

 彼が隼太に協力する理由は、情の一点に尽きる。

 隼太のような思想や理念を、とうの昔に置いて、確たる自我を壊した男だ。

 狂気の浪間に漂い生きる。

 ほんの時折、氷を薄く削ったように理性の閃きを見せるが、彼のまなこはある種の狂人のそれと同じく、無垢で澄んでいる。

 烏の頭を撫でる顔つきは子供を愛おしむようで。

 隼太は揺り椅子から立ち上がり、開け放たれた硝子戸に近づいた。

 燦々と射す日に黒髪の間の目を軽く細める。日光は余り好かない。

 理性とは別に好きと嫌いで色分けされた隼太の世界で、混じり気の無い穏やかな陽光といったものは即、嫌いの領域に押し遣られる。

 だから隼太は、山田俊介もその領域に迷わず置いた。

 あれは光しか知らず歩いてきた人間の顔だ。隼太に負の感情を喚起させる。

「風が音ノ瀬ことのコトノハを運ぶからな」

 澄んでいるがゆえに冷たい風を、応接間に吹くままにしておいた理由を語る。

 やはり男を見ず、庭の花々に視線を置いて。

「そんなにしょっちゅう? お前は風とそう相性が良くないだろうに」

 こんな時だけは正論が返る。隼太は気紛れな狂気と正気の訪れに呆れ、やや白けた。

 知られ過ぎている相手も考え物だ。

「この場所は届きが良いらしい」

 そうした地点を選んで建てられたのかもしれない。

 推測は省いて答え、紫陽花色を翻す。

「どこに行くのさ」

「二階」

「あの子に乱暴するんじゃないよ」


 磨き込まれた深い艶の美しい階段を登りながら、隼太は禁止形への返事を省いた。



 楓を手荒く扱う積りは最初から無い。

 幼いながらに顕著なコトノハの才。

 出来ればこちらに引き入れ、有能な人材として確保したい程。

(だがあれは、俺のコトノハには染まらない)

 そのことはもう、明白だった。


 今も階下で烏と戯れているであろう男のことをちらと考える。

 彼が子育ての経験を持つ男であったお蔭で、何とか少女の衣食住に対応出来ている。

 風呂は毎日入れてやれよと言われるが、一人で自由にさせる時間を与えることは隼太にも神経を使わせる。替えの下着だの服だのを考えるのも億劫だ。

 人質としてはかなり悪くない扱いの筈だ。


 楓はことの掌中の珠なのだから、隼太も疎かには出来ない。

 ではあるが――――――――。


 これも艶のある木の扉を開けると、二対の瞳が隼太を見た。

 両手を縛られて腰を下ろし無精髭を生やした俊介と、その隣の床に座り、膝を抱えた楓。

 寄り添って励まし合ってでもいたのか。


 似ているな、と隼太は思う。

 父と娘のように、表情が与える印象が。

 

 光の子ら。


 加虐心が疼き、傷つけば良いと思う。


「……(せつ)


 思うに任せ呟けば、呆気なく俊介の額に血が走り、楓が悲鳴を上げる。

「やめて!」

「お前が俺に要求する権利は無い。水木楓。持ち得る者のみ権限を有するのが世の(ことわり)。莫迦なガキには見えないが?」

「それはあんたの理だろう。楓ちゃんに押しつけるな」

 額から血を流しながら、怯む様子もなく俊介が隼太に訴える。

「真理だ。大仰に吹くなら、森羅万象、この理屈で通ると言える」

「それこそ莫迦な理屈だ」

(せつ)

 隼太が俊介の反論に冷淡なコトノハの刃を返すと、今度は俊介の顎が切れた。俊介が呻く。

 額にしろ顎にしろ、深くない裂傷にしているのはわざとだ。それでも伝う血はまざまざと楓の目に映るだろう。

「次は首に当てるぞ。……デイジーになるか?」

「何?」

「デイジー・カッターだ。知っているだろう、いやしくも探偵殿だ」

 皮肉交じりの台詞に、俊介が、血を垂らしながら顎を浅く引く。

「……アメリカ空軍が開発した、大量破壊兵器だろう」

「代表的な物はな。ベトナム戦争時に開発され、イラク戦争では原爆とも見間違えられた」

「だがもう、全て処分された筈だ」

「そうだ、発表を鵜呑みにすれば。お前は信じるか?」

「…………」

 俊介の面を戸惑いが覆う。

 隼太が艶やかに嗤った。

「輪を掛けた莫迦ではなかったな。それが正しい。黙り込んだ、お前の中にある疑念は正当なものだ。デイジー・カッターには〝雑草を刈る〟意がある。可憐な雛菊も、ところ変われば雑草扱い。哀れな名称だ。だが仕方ない。強者強国の主張、権限を握る力。それもまた正しい。この世では、正しいと唱える力のある者が正しいのだ」

「そんなコトノハ、ことさんは言わない」

 俊介へ、次々と畳み掛ける隼太に割り込んだのは青ざめた楓の声だった。

 つう、と動く隼太の眼差しを追って、俊介の背に戦慄が走る。

 咄嗟に、楓の前に回り込む位置に立つ。不自由な両手を歯痒く思いながら。

「煩い雛菊は刈られるぞ」

「やめろ!」

「現状、刈る気も無いが。お前はただあの女に、気紛れに拾われただけに過ぎないしな」

 自分の認識とは異なるコトノハの毒を、隼太は笑みながらあっさり楓に吐いた。

 光を曇らせたいという衝動が隼太の口を動かす。

 俊介が大きくかぶりを振る。

「違う、楓ちゃん」

「いや違わない。お前より悲惨な子供など、ざらにいる。蹂躙され隷属を強いられ、家畜以下の扱いを受け、そこに光など一寸も無い。お前はたまたまコトノハの力を持っていた為に音ノ瀬ことに見出され、拾われた。力ある者が遊び半分に子を養う。それもまた正しい。そうするだけの力があるのだからな。しかし音ノ瀬ことはカッター、お前はデイジー。刈る側と刈られる側、所詮は立つ瀬が違う」

「それは絶対に間違ってる、楓ちゃん。ことさんは君のことが可愛くて仕方ないんだ。君がいなくなってものすごく悲しんでいる、絶対」

 隼太の苛立ちが強まる。

 世の中には稀にコトノハが効きにくい人間がいるが、俊介がそうであるらしいことは初対面の時に気付いた。自分の処方したコトノハに靡かずけろりとしていたのだ。

 成り行き上、楓と共に拉致することになったが、その存在がこうも邪魔になるとは思わなかった。

 毒を処方しても処方しても打ち消そうとする。

 解毒剤じみた男だと思い、不快感が増す。


「ことさんは、あたしに、謝ったの……」


 目を見開いた楓が、喘ぐように唇を動かす。生きるのに必要な酸素を必死で吸おうとするように。

「見つけるのが遅れて、辛い思いをさせたって。あたしが、悲しいとか、辛いとかってことを、謝ってくれる大人なんていなかったのに、ことさんは、」

「そうか。ありがちな懐柔だ」

 隼太の一蹴にもめげず、楓は言い募る。

「眠ったあたしの足を、ずっと手で握って温めてくれたのも? あたしはぼんやり起きてたけど、ことさんはそれを知らなかった。眠ってる子供の足を温めて、ことさんにどんな得があるの? そんなの無いもん。ことさんはただ、あたしに優しくしたいだけだもん! 貴方の話とは全然違うよ!」


 ダン、と大きな音。


 隼太が足を踏み鳴らしたのだ。革靴は絨毯を通して木造家屋全体によく響いた。

 屋内でもコートを纏い、靴を履き。


 四六時中戦っているような男だと、俊介は隼太を見ていた。スーパーで最初に逢った時、彼は〝涼しいですね〟と俊介に呼びかけた。


 あれはひょっとしたら、隼太の真実ではなかったか。

 陽の温もりから遠く生きてきた男の、常に心に風吹くような。

 ふ、とある可能性が俊介の胸に浮かぶ。

 隼太が楓をいたぶる理由。闇に陥落させようとする理由。


「おーい。床を抜かないでくれよ?」

 間延びした声で焦げ茶色のコートの男が扉を開けて顔を覗かせる。彼もコートを脱がないが、それは隼太とは違い単純に防寒の為だった。

「ここは彼女の大切な部屋なんだからね」

「解っている」

「頼むよー?隼太」

 かあ、という声。

「あ、お前じゃないよー」

 扉の向こうを振り返り話しかけている。烏を扉に隠れた肩にでも留まらせているのか。

「…………」

 男の登場で気が削がれた隼太は、踵を返して部屋から出て行った。

 俊介の流血を見た男は眉をしかめ、わあこりゃ大変だ、絨毯が汚れちゃう、と嘆いた。







挿絵(By みてみん)






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― 新着の感想 ―
[良い点] 憎たらしくて仕方なかった隼太にも意のままにならぬこと、万能にも思えるコトノハで縛れずに苛立つものがあることを知って一人物として見ることが出来ました。
[良い点] 理知的でいい文章ですね。
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