銀の毒と人差し指
降りかかったのは銀色の雪片だった。美しいが毒があり、触れれば死に至る場合もある。
「汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる」
中原中也の詩を基に風が吹く。猛き風は銀の雪片を集中的にさだめへと飛来させた。
「防壁」
さだめがコトノハを処方する。強いコトノハだった。それでも藤一郎のコトノハを全て防ぎ切れるものではなかった。彼は判断が早かった。刀を納めると、敏捷な獣のようにその場から離脱しようとした。
その動きを藤一郎の潤んだような黒漆の目が見つめる。
「網」
さだめを逃す積りはさらさらない。砕けた右腕を押さえながらその痛みをあえて無視し、藤一郎はさだめを〝どうしてもここで殺そうと〟考えていた。さだめはコトノハで一時、脚が止まる。
「破」
さだめの逃亡を妨げる縛めが破られる。
「殺・汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む」
「は、顔に似合わず容赦ねえな」
がぼりと吐血して、口元を拭いながら、どこか楽しそうにさだめが言った。
「しあはせはどこにある? 山のあちらの あの青い空に」
さだめが立原道造の詩を、コトノハとして処方した。するとたちまち、さだめの姿は見えなくなった。逃したか、と藤一郎は青い空を見遣る。
「……しあはせは どこにある? 山のあちらの あの青い空に そしてその下の ちひさな 見知らない村に」
詩の続きを詠じる。
風が吹いた。
負傷した藤一郎を慰撫するような風は、ことのコトノハを届けた。
藤一郎とさだめの戦闘を察するのに遅れた。いつも、四六時中、風を聴いている訳ではない。家の中でしなければならないことが細々ある。先に気づいたのは、聖だった。劉鳴殿の姿は既にない。私は聖に呼ばれ縁側に赴き、一部始終を知った。藤一郎の右腕が心配である。コトノハで呼ぶと、しばらくして藤一郎が玄関に現れた。元々、色が白いが、今は青白い。
「こと様。面目ございません」
「良いから、こちらへ」
客間に通し、藤一郎が庇うように押さえていた右腕を見て、私は眉をひそめる。
「癒」
ありったけの力でコトノハを処方した。たった一言に、全力を注ぐ。そうでなければ藤一郎の右腕は使い物にならない状態になると見た為だ。柔らかで温かな、コトノハの力が満ちる。骨が緩やかに接がれていく。これなら大丈夫だ。後遺症は残らない。私は安堵の息と、疲労の息を吐いた。そして、藤一郎の左手の人差し指が消失していることに気づきぎょっとする。コトノハを処方するが、失われた指が戻る兆しはない。
「ああ……」
「こと様。お気遣いなく。利き手でないのが幸いでした」
「玲一さんに、何と詫びれば良いのか」
「何も。詫びる必要はありません。父も僕も覚悟は出来ていたことです」
私は口惜しく、悲しかった。藤一郎の身を損なったさだめを、恨めしく思った。
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涼しくなってまいりました。
このまま秋へと移行したいものです。




