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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
天響奥の韻流編 第四章
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あべこべエレベーター

 相変わらず、神出鬼没だ。聖が場所を劉鳴殿に譲り、自分は端へ寄った。

 腰掛けた劉鳴殿の膝にもーちゃんがぽすん、と乗る。その頭を撫でてやりながら、劉鳴殿はロールパンの入ったビニール袋をにゅ、と差し出した。

「近くのパン屋の焼き立てです。如何ですか」

 私と聖は一つずつロールパンを貰い、それを咀嚼した。パンはまだほんのり温かく、バターの風味が快い。

「裏が出ちゃいましたかー」

 自身もロールパンを頬張りながら、まるでゴキブリが出た程度の軽さで劉鳴殿は言う。裏とは言うまでもなく、裏天響奥の韻流のことである。

「これは僕が八代目から聴いたことですが。牛乳ありませんか?」

 思い切り話の腰を折ってくれる。聖が立ち上がり、台所に向かう。そして、三人分の牛乳を、硝子コップに注いで持って来てくれた。確かにこのロールパンに牛乳はマッチするだろうが空気を読めよ。

「途絶えたのではなかったのですか」

「八代目は、密かに、細々と、生き延びているかもしれないと言っていました。そして、もし出逢うことがあれば」

 ごくん、と牛乳を飲む。

「徹底的に殲滅せよと」

「なぜ。始祖に背いて出来た流派だからですか」

「それは大した理由ではありませんね。問題は、その剣の在り様です。裏の剣は光の射さない闇の如く。対峙した者を狂わせ、必ずその剣で以て非業の死を遂げさせる、と」

「架橋さだめは、どうやって裏と遭遇したのでしょう」

「惹かれ合いますからね。光は光と。影は影と。さだめ君とやらは、音ノ瀬隼人が捨てた恋人の孫なのでしょう? 暗い過去を背負っていても不思議ではない。本妻の孫である隼太君からして〝あれ〟ですからね。裏の剣を、僕は一度だけ見たことがあります。斬った端から、相手の身体は黒く腐り落ちていきました。八代目といた時に、偶然、遭遇したのですが。八代目は裏を使う男を追いましたが逃げられました」

 金色の太陽が、上へ上へと移行している。

 私たちの話題は下へ下へと移行している。まるであべこべエレベーターだ。

「コトノハとの擦り合わせは、いつ」

「さて。しかしまあ、最悪の一対でしょうよ。混然一体となったなら、おぞましいような剣術となるでしょうベーコンエッグが食べたいですね。肉厚のベーコンに半熟卵のが良い」

 私は思わず劉鳴殿の長い三つ編みをぐい、と下に引っ張った。

「いたたたたた」

「思い知れ」

「こと様。僕が焼いてきます」

「聖さん、餌を与えないでください」

「ことさん、仮にも自分の師匠に対してあんまりですよう」

「可愛くないし!」

 結局、その後、起きて来た撫子たちの分も含め、私がベーコンエッグを焼いた。皮がパリッとジューシーなウィンナーと、法蓮草のソテーも準備して図らずも和風の食卓の多い我が家にしては洋風な朝食となった。明るくて良いかもしれない。劉鳴殿の話の後には、優しさに照らされた食卓が相応しかった。



評価とたくさんのブクマありがとうございます。

ジューシーなウィンナーもベーコンエッグも大好きです。

ベーコンエッグのくだりはハウルの動く城を思い出しながら描写しました。

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