とんちき
要らぬ時には来る癖に、必要な時には現れない。あの莫迦師匠・もとい劉鳴殿は、こちらが首を長くして待っているのに、少しも姿を見せない。天響奥の韻流の始祖は兄弟だったと聴く。弟が兄嫁に横恋慕し、互いの仲は決裂。弟は新たに、裏天響奥の韻流を立ち上げたそうだ。そもそもこの流派はコトノハの処方と絡めて生まれたものであり、音ノ瀬も彼らとは因縁があったのは当然の流れである。
朝方は冷えるようになってきた。私はショールを羽織り、聖と同じ寝室から抜け出した。と、首に腕を搦められる。
「聖さん……。起こしましたか。すみません」
聖は答えず、私の首筋に軽く口づけた。とくん、と鳴る鼓動一つ。
「僕も起きます。縁側に行かれるのでしょう。風を聴きに」
聖はそう言うと、私が答えるのも待たず、さっさと自分も羽織りを着込んで部屋から出た。
薔薇色の空が晴れやかな朝焼けとして広がっていた。金色の太陽は、既に昇っている。縁側には先客がいた。もーちゃんと白蛇が、並んでちょこんと座っていたのだ。彼らは仲が良いのだろうか。同じ人外同士、誼を通じたのかもしれない。
「おはようございます」
「ことさん、聖、おはよう」
もーちゃんは聖には余り敬意を払う必要を感じていないらしい。聖も別にそれを不服と思っていないようだ。白蛇は頭を軽くもたげただけだ。私たちは、彼らの隣に並んで腰を下ろした。
「まさか。裏天響奥の韻流がここになって出てくるとは」
「手段を選ばぬ流派と聴いていますが」
「はい。その剣の陰惨なことに、表立って語られることもなくなり久しいとか。言い換えるなら、その手の内を、私たちは詳細には知らないのです」
「そこでの、劉鳴殿なのですね」
「はい。師匠であれば、私よりは詳しいでしょう。なのにあのとんちきときたら」
「こと様、敬意、敬意」
「耳に五つピアスホール開ける男なんざ敬意を払う必要ありませんよ。とんちきと言ったらとんちきなんです。ご両親も、今の師匠の在り様を知られれば、さぞ嘆かれることでしょう」
「酷い言われ様だなあ」
言い募る私の耳に、のほほんとした劉鳴殿の声が飛び込んで来た。
黒いタートルネックに黒いスラックス。スタジアムジャンパーだけは色鮮やかだ。相変わらず独自の着こなしスタイルを貫く劉鳴殿が庭に立っていた。
評価、たくさんブクマありがとうございます。
今日は暑い日でした…。
やっぱりお夏さんが戻って来ましたね。
求む、涼しさの定着。




