悲願成就
雅常殿は夢に現れなかった。私は、夢も見ずに昏睡に近い状態で深く眠っていたのだ。目覚めると楓と聖の顔があった。
「ご気分は如何ですか」
「少し微熱がありそうですが悪くないです」
聖は物言いたげだった。
私の寿命がどうなったのか、知りたいのだろう。そして来世の行方も。私に明確な答えはなかったけれど、憑き物が落ちたように明朗な心を探ると、自ずと答えは知れた。
「確証はありませんが、もう大丈夫だと思います」
聖と楓の双方から、力みが取れた。楓はどこか茫然としている。
楓は寝室の戸を開けると、そこに待機していた恭司の胸に飛び込んだ。
あれ。そうなるの?
母代わりとしては寂しいではないか。しかしその代わりのように、聖が私をきつく抱擁した。荒々しく唇を重ねてきたので、これは楓がいなくて良かったかもしれないと頭の隅で思った。
「生姜粥でっせ~」
撫子の声に聖がぱっと離れる。
「いやん、聖様の漢気、この撫子、網膜に焼き付けましたでえ」
ばっちり見られていたらしい。生姜粥の香りは、私をほっとさせるものがあった。よく見れば撫子の目元が赤い。……私の無事を喜び泣いてくれたのか。私の手が、この大らかで優しい女性の肩に自然と伸びた。撫子を緩く抱く。
「心配をかけました。撫子さん。ありがとう」
「……こと様」
ぶわ、と撫子の両目から涙が溢れた。彼女はおいおいと泣き続け、生姜粥はすっかり冷めてしまったけれど、美味しかった。じとー、っと部屋の戸の隙間からこちらを窺っていたのは芳江である。独占欲の強い彼は、相手が私であっても、撫子を渡したくはないのだ。思わず苦笑する。
「撫子さん、未来の旦那様がそこに」
「ん? ああ、芳江。おったんかい」
ずびいいいい、と鼻を強く噛んでから撫子があっけらかんと応じると、芳江はむっとした顔で私と撫子の間に割って入った。
「こと様はまだご病身や。疲れさせたらあかんやろ」
「あ、ああ、せやな。せやな……」
再び、涙の洪水。今度はこれを芳江がしっかり抱き締めた。尤も、撫子が大柄な為、腕が背中で交錯しない。仕方ない。私はその場にいる皆に向けて言った。
「近い内に床上げします。一族を集めて、宝珠を使う祈りは成就したと宣言します」
評価、ブクマありがとうございます。
長い道のりだったなあと思います。
これで何事もなく過ぎれば良いのですが←




