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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
天響奥の韻流編 第三章
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空に溶ける

 二条から連絡があったらしい。

 しかし、その詳細は熱を出して寝込んでいる私には知らされなかった。私は現時点で徹底して守られる側の人間だった。不甲斐ないが、仕方ない。こんな時、子供時代を思い出す。重要事項は両親たち大人の領分で、まだ幼い私には知らされなかった。私はそのことを寂しく思ったものだが、成長するにつれ、父が一族に関わる大事を話して聴かせるようになり、また、それが次期当主に対する英才教育だと悟り、重荷と感じるようになったのだ。

 だから今の私は、当時の私よりも尚、守られているのかもしれない。

 空が見たくて、羽織りを着て縁側に出る。客間には芳江と撫子がいたが、私が来ても何も言わずにそっとしておいてくれた。

 紺青の空は美しかった。もうすぐ暮れ方になる、その微妙な色合いの変化がまた、趣を添える。私は手を伸ばした。確たる思いがあった訳ではない。空の、何か、掴めるようなそんな気がした。

 もちろんそれは気の迷いでしかなく、私の手に紺青が得られた訳でもない。私はほうと息を吐いた。熱があるせいで湿り気を帯びた息は、透明な空気に混入した。私が蹲ると、撫子たちが慌てたように駆けて来た。

「こと様!」

「大丈夫ですか!」

「ああ、大丈夫です。すみません。只、自分が空気に溶けるような気がして」

「……溶けませんよ。こと様は」

 溶けません、と撫子が繰り返す。私は淡い笑みを返した。

「宝珠はどこに?」

「ああ、それやったら」

「阿呆!」

 うっかり喋りそうだった芳江の頭を撫子がはたく。夫婦漫才、健在だな。申し訳なさそうな顔で撫子が口を開く。

「こと様には絶対に教えんよう、聖様から言われてましてん。堪忍」

「いえ、そうだろうと思いました」

 それから沈黙が降りて私たち三人は何とはなしに、刻々と変化する空を見ていた。

 撫子が俯いた。不思議なことに、大柄な彼女が、今は小さく見える。

「宝珠奪還にはうちも行きます。絶対にこと様を助けて見せますさかい」

 芳江も真剣な表情だ。もーちゃんがまた転がっている。今では彼は我が家の大切な緩和剤だ。

 こうして空模様の変化を見つめていられる時間が、あとどれだけ残ることになるのか。それが、聖たちが最も肝要としているところだった。芳江が、独り言のように今夜です、と言った。



2ブクマありがとうございます。

宝珠奪還決行は今夜。

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