空に溶ける
二条から連絡があったらしい。
しかし、その詳細は熱を出して寝込んでいる私には知らされなかった。私は現時点で徹底して守られる側の人間だった。不甲斐ないが、仕方ない。こんな時、子供時代を思い出す。重要事項は両親たち大人の領分で、まだ幼い私には知らされなかった。私はそのことを寂しく思ったものだが、成長するにつれ、父が一族に関わる大事を話して聴かせるようになり、また、それが次期当主に対する英才教育だと悟り、重荷と感じるようになったのだ。
だから今の私は、当時の私よりも尚、守られているのかもしれない。
空が見たくて、羽織りを着て縁側に出る。客間には芳江と撫子がいたが、私が来ても何も言わずにそっとしておいてくれた。
紺青の空は美しかった。もうすぐ暮れ方になる、その微妙な色合いの変化がまた、趣を添える。私は手を伸ばした。確たる思いがあった訳ではない。空の、何か、掴めるようなそんな気がした。
もちろんそれは気の迷いでしかなく、私の手に紺青が得られた訳でもない。私はほうと息を吐いた。熱があるせいで湿り気を帯びた息は、透明な空気に混入した。私が蹲ると、撫子たちが慌てたように駆けて来た。
「こと様!」
「大丈夫ですか!」
「ああ、大丈夫です。すみません。只、自分が空気に溶けるような気がして」
「……溶けませんよ。こと様は」
溶けません、と撫子が繰り返す。私は淡い笑みを返した。
「宝珠はどこに?」
「ああ、それやったら」
「阿呆!」
うっかり喋りそうだった芳江の頭を撫子がはたく。夫婦漫才、健在だな。申し訳なさそうな顔で撫子が口を開く。
「こと様には絶対に教えんよう、聖様から言われてましてん。堪忍」
「いえ、そうだろうと思いました」
それから沈黙が降りて私たち三人は何とはなしに、刻々と変化する空を見ていた。
撫子が俯いた。不思議なことに、大柄な彼女が、今は小さく見える。
「宝珠奪還にはうちも行きます。絶対にこと様を助けて見せますさかい」
芳江も真剣な表情だ。もーちゃんがまた転がっている。今では彼は我が家の大切な緩和剤だ。
こうして空模様の変化を見つめていられる時間が、あとどれだけ残ることになるのか。それが、聖たちが最も肝要としているところだった。芳江が、独り言のように今夜です、と言った。
2ブクマありがとうございます。
宝珠奪還決行は今夜。




