かはたれへの道
劉鳴殿がうちに来た。スーパーで買い込んだらしいコロッケやらナムルやらポテトサラダやらの惣菜を持って。丁度、黄昏の時間帯だった。白髪が夕日の色を帯びて、金色に光り綺麗だ。なぜ来たかと言うと劉鳴殿曰はく「ガス抜き」だそうだ。
「最近、色々ありましたからねえ。たまには発散することも大事です」
そうのほほんと語る我が師匠は、明日香の母親のことなどの事情も既に把握しているのだろう。かくして狭い縁側に聖、劉鳴殿、私、撫子、芳江、楓がぎゅうぎゅうに並び、ほぼ密着した状態で簡易的な宴のようなものが催された。
ねぐらに急ぐ烏が、水色の空に黒点めいている。もーちゃんがぽむんぽむんとやって来て、劉鳴殿の膝の上に乗った。
ああ、そうだな。私は随分、張り詰めていたのかもしれない。そのあたりを察知するあたりは流石、劉鳴殿である。かねてから思っていたが、彼の紅玉の瞳は、千里眼のようだ。あらゆる物事を見通して、正しい道を歩む。そして劉鳴殿は、その瞳で以て私の寿命が残り僅かであることも知っているのだろう。トースターで温めたチーズクリームコロッケは、中のチーズが濃厚でとろりとして美味しい。
……美味しい。
この感覚を大事にして生きよう。僅かであれば、僅かであるからこそ。私は劉鳴殿の盃に酒を注いだ。一族の他の者には決してすることのない、破格の行為である。
「ありがとうございます、ことさん」
劉鳴殿は私の心情も察しているのだろう、優しい微笑を浮かべて盃を干した。ここのところ楓が、前にも増して私とのスキンシップを求めて来る。今も、私の右隣りに座ってべったりだ。可愛い。ごめんね、楓。心配をかけているね。母に、なり損ねたらこの子はどうなるのか。それが一番の気掛かりだった。もう日が沈む。
黄昏は夕暮れ時。
かはたれは暁。
手をあらん限りの力で伸ばせば、いずれかはたれに行き着くことも出来るのだろうか。その為に、かたたとらコーポレーションとの全面対決は避けて通れないのだろうか。ならば戦陣に立とう。片桐社長は正気ではない。目を覚まさせてやる必要がある。ここで懸念すべきは、多くの血が流れないかという一点のみであった。劉鳴殿が、今度はお返しに私の盃に酒を注いでくれる。私も笑みを浮かべて飲み干した。臆する心と一緒に。
たそがれ、と、かはたれ、は、語源が似ていて同じ夕刻を指すと
思われがちですが、実はかはたれのほうは、多くが明け方の頃を
意味して使うのだそうです。




