偉大なる紫式部
秀一郎に取り立てて変化はなかった。驚きもなかった。素性が知れている可能性は、十分に考えていたからである。気を引き締めると同時に、若者の才気煥発であることへの微笑ましさが湧いた。数歳しか違わないだろうが、この世界でのそれは大きい。
「小金井さんのことだよ、かささぎ君」
「良いね。口調がぐっとフランクになった」
「彼女を、放免してくれないか」
「呪符が破れたね。そうか。口封じを警戒しているのかな? でも、流石の俺たちも音ノ瀬本家に乗り込むとなると、相応の準備が要る。そこまでして、あの子にこだわりはしないよ。だからその件については、安心して良い」
硝子の容器に入っていた、ゴロリとしたチョコの塊をスプーンで掬い、口に放り込んでかささぎは大した気負いもなくそう告げた。
「母親にも手を出すな」
「……」
かささぎが、悪戯っ子のような上目遣いで秀一郎を見た。
「よく気が回ることだ」
「そうかな。こうした状況においては、裏切者への報復をまず第一に懸念すべきだよ」
そこで秀一郎は言葉を切って、コーヒーを殊更、丁寧に飲んだ。
「殺す積りだったんだね」
「うーん。まあ、上の意向で? でもそこまで読んでるってことは、当然、対策済みなんでしょ?」
「音ノ瀬の人間を遣わしている。そして、だ。かささぎ君。我らが主君は大層、慈悲深い。もし、小金井さんの母君に万一のことがあったら、その嘆き海の如く深いだろう。御当主はお飾りではない。もし逆鱗に触れたなら、君たちを壊滅するくらいのことはやってのけるだろう。口先だけの脅しではないと察するくらいに、君が賢明であれば良いのだが」
言い終わると秀一郎は、もう一度コーヒーカップを持ち上げてコーヒーを飲んだ。正直なところ、いつものことの家近くの喫茶店で飲むコーヒーのほうが格段に美味しいと思ったが、今はコーヒー談義に花を咲かせる時でもなかった。かささぎは頭をカリカリ搔いている。
「上に言ってみる。俺は一兵卒に過ぎないからね」
「君が?」
秀一郎は笑った。彼の感覚は、かささぎが相当な手練れであることを把握していた。父や兄の語ったこともある。つまりかささぎは、かたたとらコーポレーション暗部の組織で、かなりの地位にいる人物だ。かささぎも笑ったが、こちらは明らかに誤魔化すような笑いだった。その後、紫式部って凄いよね、と露骨な話題転換をしたが、秀一郎はそれに付き合ってやった。
ブクマありがとうございます。
今日はこちらも梅雨入りということで
雨降りの一日でした。
かささぎ君はチョコレート大好きで、彼に気がある
女性は色々チョコ菓子を贈ります。




