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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
続・宝珠争奪編 第五章
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桃と梨と葡萄

 雨音の中、明日香はぼんやり目を見開いた。琥珀色が現れる。

「お母さん……?」

 その、少し舌ったらずな物言いが如何にも童女めいて、私の胸が痛んだ。外はまだ雨が降り続いている。

「起きましたか。食欲はありますか。果物のゼリーもありますよ」

瞬時に我に帰ったらしい明日香の琥珀色に緊張が漲る。この子は今、敵地で無防備な姿を晒している。その心細さはどれ程のものかと考えた。もーちゃんがぽよぽよやって来て、明日香の布団の上にぽすん、と座った。そして、目を見開いている明日香の首にすりすりと身体を擦り付けた。

「何、この子」

「式神のもーちゃんです」

多分、余り親切な説明になっていない。だが明日香は、それ以上を問うことなく、もーちゃんに触れ、撫でてやっている。もーちゃんは老若男女にモテる。

「どうして私に情けを掛けるの?」

「病気の少女に無体を働く趣味はありません」

明日香が、く、とまだ色の悪い唇を噛む。屈辱だろうか。矜持の高そうな子でもある。それに。

「貴方には呪がかけられていますね」

「え?」

「こちらの動向が解るような」

「そんな憶えはないわ」

「ええ。貴方の知らないことでしょう。もーちゃん」

 するともーちゃんが、明日香の身体からずるりと呪符をくわえて引っ張り出し、私の手の平の上に置いた。明日香の目が驚愕に丸くなる。私はそれを痛ましいと感じた。呪符をビリビリと破り捨てる。まじないのかけられた紙は湿り気を帯びて、それ自体が不快だった。くすくす、と明日香が笑う。

「何だ、私、利用されてたのね」

「明日香さん」

「同情なんかしないで。そのくらいのことは覚悟で、私はあの一味に加わった」

「どうして、まだ年端も行かない少女である貴方が」

言った私に、明日香が挑戦的な目を向けた。

「私が自分で志願したのよ。お母さんを養う必要があったし、私には自分の能力に自負があった。でも、捨て駒扱いされたとなれば話は別よ」

「あちらの陣営の様子を教えてくださいますか」

だが、明日香は冷ややかな目で私の願いを一蹴した。

「おあいにく様。そこまで私もお人好しじゃないの」

「そうですか。なら良いです」

私が言うと、明日香は肩透かしを食った顔をした。

「良いの、それで? 私を拷問するなり何なりすれば良いじゃない」

「……貴方がどんな世界で生きてきたのか、私は知りません。ですがそれは、私の、ひいては私率いる音ノ瀬の流儀ではない」

「貴方、甘いって言われるでしょう」

「よく言われます。けれど、その甘さを補って然るべき実力もあるので」

さらりと言うと、明日香の琥珀色がまた大きくなった。表情豊かな少女だ。

「桃と、梨と、葡萄とどれが良いですか?」

「え?」

「ゼリーです。丁度、頂き物があるので」

「……桃」

私は唇に笑みを刷いた。私が部屋を出る時も、もーちゃんは彼女から離れようとしなかった。私には、今はそのことが必要と感じられてそのままにしておいた。雨はまだしばらく止みそうにない。



ブクマありがとうございます。

蒸して暑い一日でした。

九藤は早々に冷房を入れました。

熱中症には気を付けましょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] つくづく手段を選ばないかたたとらコーポレーション。 それに対し甘いと評されることさん。けれど、それこそが皆に愛される由縁ですよね……。 誤字報告 一周ではなく一蹴。
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