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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
続・宝珠争奪編 第四章
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懐かしの桃源郷

 夢を見た。

 白い大輪の菊花の咲き誇る中、堅田社長もまた、白い着物を着て佇んでいる。

 もうすぐ舟が来るのですよと彼は言った。私は、どちらかへお帰りですかと尋ねた。なぜか、「行く」と言う表現より「帰る」と言う表現のほうが先んじた。堅田社長は微笑んで頷く。あちらに、と対岸を指さす。向こうはこちらより一層、白く明るくよく見通せない。

 あちらにもまた私の夢があった。

 堅田社長が呟く。漕ぎ手のない舟が一艘、ゆるゆると近づいてくる。貴方はまだこれに乗ってはいけませんよと堅田社長が言う。

 長い人生の最後、貴方に逢えて良かった。どうぞ末永くお元気で。

 堅田社長が舟に乗り込むのを、私は只、見守っていた。不思議なくらいに風のない空間だった。菊がもったりとした花弁の塊を天に向けて咲いている。舟が岸を離れた時、私は全てを理解した。堅田社長が、もうこの世の人でないこと。ここがどこであるかということ。白い菊の群れは堅田社長の生み出したイメージだろうか。とても静謐な空気の中、清い水音だけが微かに聴こえる。

 私は遠ざかる舟に頭を下げた。人生の先達への礼儀だと思ったのだ。

 堅田社長はゆっくり右腕を上げて振った。

 ざらり、菊が凪いだ。泣いた。


 目覚めると見慣れた私の部屋の天井があった。

 右にもーちゃん。

 左に白蛇。

 共に私の様子を窺っている。彼らにも伝わったのだろう。私は二人(?)の頭をそれぞれ撫でた。

「こと様。起きていらっしゃいますか」

 寝室の戸を挟んで聖の声が聴こえる。

「聖さん。はい」

「……堅田社長が亡くなったそうです」

「葬儀の日取りは」

「――――本日の昼過ぎ。堅田家の菩提寺にて」

 驚く気配のない私に、聖は違和感を覚えたようだ。私は帯を解き、浴衣をするりと脱いだ。

「こと様には午前中の内に、社にお出でいただきたいとのことです。遺言の関係で」

「解りました」

 堅田社長。家の工場にはもう着きましたか。

 水滴のついたコップで、麦茶を出してもらっていますか。貴方は宝珠以外の方法で、懐かしの桃源郷に帰ったのですね。



ブクマありがとうございます。

あちらとこちらの境目は静かで、音が少ない印象があります。

後悔したことも、しなかったことも、逝く時に決まるのだと

昔読んだ本にありました。堅田社長はどうだったのでしょうね。

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