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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
続・宝珠争奪編 第四章
433/817

子供だった老人

 西側に大きな硝子窓。日暮れにはさぞ夕景がはっきり見えるであろうその部屋は、八畳程の畳敷きだった。中央にぽつねんと長テーブル。部屋の隅には座布団が積まれていた。片桐の案内で私たちが部屋に入ると、窓の向こうを見ていた堅田社長がゆっくりこちらを振り向いた。

「ようこそ。ここは私のプライベートルームでね。普段は社員も、誰も入れない」

「清掃はどなたが?」

「私自身がしていますよ」

 私は返って来た答えを意外に思った。ここは本当に、彼の秘密の花園なのだ。

「片桐君。済まないが、お茶を淹れて来てくれないか」

「畏まりました」

 部屋の戸が静かに閉まる。私は直立のままで告げた。

「長居する積りはありません。奪った宝珠を返してもらいに参っただけです」

「その為には武力の行使をも辞さない、と。勇ましいお嬢さんだ」

 空気が不穏に張り詰めた。堅田社長の、私を軽んじる物言いに聖たちが敏感に反応したのだ。

「まあ、座ってください」

 言って、堅田社長は自ら座布団を敷き始めた。尊大なのか腰が低いのかいまいち読めない。深草色の座布団に、私は正座した。

「小学校から帰って、家の工場に向かうのが毎日楽しみでした」

 堅田社長が語り始めるのと同時に片桐が入室し、茶の入った湯呑みを配り始めた。専務手ずからとは恐縮する。配り終えると片桐は社長の話の邪魔にならないよう、壁際に静かに控えた。

「キイン、キイン、という金属音。爆ぜる火花。転がっているナットをこっそり拾って、親に内緒で集めたりしていました。日本の、精密工業の水準は非常に高い。うちには時々、海外の取引先の人間が直接、足を運んで来てね。遊び相手になってくれたりもしました。母の出してくれた麦茶の入った硝子コップの表面には、水滴がびっしりついていて、それで手の平が濡れるのも、わくわくして嬉しかった。今でも夢に見ます。あの頃は、今よりずっと貧しかったけれど、私の桃源郷だったんです」

 堅田社長の瞳は、人が夢想する時特有の、ほんのりした温かみがあった。

「齢を重ねた者から、あえて貴方が解っているだろうことを言えば、それは過ぎ去ったからこその桃源郷ですよ。得られないからこそより美しく輝く宝石だ。宝珠で強引に再現出来るものではない」

 劉鳴殿の言葉に、堅田社長は反発も怒りもしなかった。寧ろ、さもありなん、と言う風に頷いた。

「解っているのです。理屈では解っているのですよ。天響奥の韻流九代目殿。それでも。どうしても、そこに僅かでも可能性があればしゃにむに手を伸ばしてしまう。軽蔑されるかもしれませんが、私はそんな人間です。時間も、もう余りない。そう、音ノ瀬ことさん。貴方同様に」

「時間?」

 劉鳴殿の問いに、堅田社長は、はい、と温和に頷いた。この部屋に入った時から、彼は終始、このように温和であった。恐らくは昔日の郷愁を再現した、部屋のもたらす効果だろう。

「ここに」

 そう言って堅田社長はトントン、と頭を人差し指で叩く。

「悪性の腫瘍があります。手術でも取り除けないそうです」



レビューありがとうございます。

優しい気持ちが滾々と湧きました。

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