フロイラインに尋問
血の染みは、付着してすぐはとにかく冷水で洗うことが肝要である。私は、隼太のコートを大量の水を張った盥に入れ、とにかくジャブジャブ洗った。それでだいぶ薄くなったが、それでもまだ赤い色が残っている。私は塩を用意し、少量の水と混ぜてペースト状にした。それから、染みの部分にそれを擦り付ける。冷水で塩を洗い流す。よし。染みはほとんど消えた。後は洗濯用洗剤を使い、大きめのネットに入れたコートを洗濯機で通常洗いするだけだ。
客間では買い物から帰った聖と楓、隼太がぽつぽつと会話していた。珍しい組み合わせだ。隼太が問う視線で私を見た。
「今、洗濯機に掛けています。染みは落ちるでしょう」
「助かる」
「いえ」
「小金井明日香と二人で話がしたい」
「……私と聖さん立ち合いのもとでなら許可します」
「あの虜囚は俺の獲物だ」
「この家は私の家。私の領分です」
結局、隼太が折れて私と聖は地下牢に向かった。不安そうな顔の楓を一人残すのは気掛かりだが、聖は私に伴うと言って譲らなかった。小金井明日香もそうだが、隼太も不穏分子の要素がある。聖の懸念は理解出来るものだった。隼太が水一杯のバケツを持っているのが怖い。何に使う積りか。
果たして隼太は、地下牢に着くなり、座り込む明日香に、水を頭から浴びせかけた。容赦ない。
「誰の許可を得て座っている、囚人」
「隼太さん、やり過ぎです」
「あんたは黙っていろ。さっきの言い方を借りるなら、こっちは俺の領分だ」
「…………」
琥珀色の綺麗な髪が、水に濡れて見るも無惨だ。しかし同色の瞳には、まだ隼太を睨みつけるだけの意思の強さがあった。
「かたたとらコーポレーションは音ノ瀬を消す積りか」
「だとしたら?」
「無知蒙昧。愚の骨頂としか言えんな。音ノ瀬一族の規模を知る上での所業なら尚更だ。音ノ瀬は深く、日本中、いや、世界にまで根を張っている。この俺ですらその全容を把握し切れていない。その上、現当主は天響奥の韻流の継承者。当然、そちら側のバックも考慮すべきだ。良いか、もの知らずのフロイライン。お前たちは手を出してはならない猛獣に水鉄砲を吹っ掛けたんだよ」
明日香の顔が、青白くなる。隼太の言葉は誇張ではない。かたたとらコーポレーションは一大企業かもしれないが、それに慢心して音ノ瀬に伍すると考えたなら甘い夢想だ。明日香が、それまで噛み締めていた唇を開く。唇の色が悪い。このままだと風邪をひくかもしれない。
「だから、一人、一丁の拳銃で良いのよ」
「成程な。莫迦げているが賢い。拳銃の精度が期待通りだと良いな?」
これは、つまり明日香はそうではなかったという、隼太の揶揄だ。一人、一丁の拳銃。集団で劣るなら個々に潰していこうという考えらしい。私は唇に指をあて思考する。これは、かたたとらコーポレーションの目論見が甘いと見るべきか、あちらの実力の見積もりを、こちらが誤っていると見るべきか。
「お前の知る限り、そちらの異能者の能力、特徴を言え」
「言うと思ってるの? 莫迦じゃない?」
「言うさ、フロイライン。お前が莫迦じゃなければな」
隼太の放つビリビリとした殺気が、地下に充満して息苦しいくらいになった。流石に明日香も怯えている。隼太は本気だ。ふら、と明日香の上半身が床に倒れたのはその時だった。呼吸の荒さが見て取れる。いけない。
「隼太さん、これまでにしてください。聖さん、彼女を牢から出して上に運んで。私は布団を敷きます。ああ、身体を拭かないと。着替えも用意して」
「おいおい、音ノ瀬こと。この期に及んで道化を演じてくれるなよ。虜囚の健康状態を気遣う奴がどこにいる? 寧ろ心身の衰えに付け込んで有用な情報を吐かせるべきだろう」
私は隼太の言い分を意に介さなかった。聖が明日香を抱き上げる。少女は抵抗する様子もなくぐったりしている。隼太が聞えよがしの舌打ちをする。
父でも、きっと同じような反応をしたのだろうと思う。けれど良いのだ。今の音ノ瀬家当主は、私なのだから。
今日は涼しく雨が降っていて、少し不調でした。
皆さまは快適にお過ごしになられていたらと思います。




