血の染み抜き
今日という日は二度と巡っては来ないから。
大切に生きよう、と私は縁側で楓と並び座っていた。楓の白い頬に、髪の毛が描線のように数本、貼り付いているのを取ってやる。すると楓はそのまま、上半身を私に預けた。この温もりと重みの尊さ。
風が吹いた。私は目を大きくすると、楓の両肩を掴んだ。楓にも伝わったらしく、こくりと頷く。隼太が囚人を連れて来る。この子がいても良いものだろうか。恐らく隼太は尋問めいたことを行うだろう。迷っている間に呼び鈴の音が鳴った。
その少女は黒い、裾と袖がフリルになったワンピースを着ていた。琥珀色の長い髪。血を吐き続けている。それがコトノハの処方によるものだと見た私は、少女に手をかざした。
「癒」
「お優しいな、御当主様。そいつは嬉々として俺を殺そうとした女だぞ」
「かたたとらコーポレーションの方ですか?」
「小金井明日香よ」
「初めまして。音ノ瀬家現当主・音ノ瀬ことと申します。こちらは娘の楓」
ようやく喀血の止まった少女の、口の周りを濡らしたタオルで拭ってやってから名乗る。明日香は怯えた小鳥のような表情になった。おどおどとして落ち着きがない。
「嘘よ、こんなの」
「何がですか?」
「上からは、音ノ瀬ことは極悪人と聴いているわ。貴方、虫も殺せそうじゃないじゃない。それともそれはうわべだけなの?」
「……小金井さん。私は、必要なら虫も人も殺しますよ」
隼太と楓が私を凝視している。楓の腕には血塗れの隼太のコート。コートを後生大事としている隼太にはさぞかし業腹だったに違いない。
「かたたとらコーポレーションの、貴方のお仲間のことをお話しいただけませんか?」
「拷問でも何でもすれば良いわ。私は喋らない」
すかさず隼太が明日香の口に布を押し込んだ。自害防止用だ。死という暗い希望の道を閉ざされた明日香は、恨めし気に隼太を睨む。彼女には地下牢に入ってもらった。鍵を閉める時。一階に戻る時。痛いような明日香の視線を感じて、背中に穴が開くかと思った。
客間に戻るとタートルネック、スラックスの隼太が楓と並んで私を待っていた。
「隼太さん、コートは」
隼太が顎をしゃくる。漆黒の座卓の上にそれはあった。青紫に咲く赤い花。隼太の心境を思うと痛ましさがあった。
「楓さん。部屋にいてください」
「嫌。私も話を聴く」
私は細く嘆息を吐いた。それから隼太に手を差し出す。
「血が取れないかどうか、試してみます。貸してください」
「……」
隼太は無言でコートを差し出した。秋だけれど今は陽射しが強く暑いくらいだ。血の染みを取る方法を記した本がどこかにあった筈。けれどそれを取り出すのはひとまず後として、私は隼太から、明日香にまつわる話を聴いた。ジーワジーワと季節外れの蝉が鳴いている。楓より幾つか年上くらいに見える明日香の顔を思い浮かべると、私は暗澹たる気分になった。彼女を罰することがここではセオリーだ。だが私は、琥珀色の髪の少女を傷つけたくはなかった。音ノ瀬家当主として、実に甘い考えなのだろうということは承知だったのだけれど。
ブクマありがとうございます。
血、ワイン、コーヒーなんかの染みって中々落ちないんですよね。
とりえず、衣服に付着してしまったらすぐに洗うか、
クリーニング店に任せることにして下手にいじらないかのどちらかです。




