シンプル イズ ザ ベスト
嫌な予感はしたのだ。
聖が私の部屋に入って来た時。
基本的に彼の表情には喜怒哀楽が乏しい。その時の聖もそうだったが、けれど隠し切れない憤りのようなものが感じ取れた。釣忍の微かな音が聴こえた。莫迦な、と思う。そして私は部屋を出て、集めた宝珠を置いてある部屋に向かった。聖は無言でついて来る。
宝珠が、ざっと見て半分程、消えていた。自然事象とは思えない、明らかに人の手、作為が加わったと判る。
「今朝見たら、このように」
聖の押し殺した声。
七十四個でも厳しかったと言うのに、これでは私の残された時間に間に合わない。
「かたたとらコーポレーションでしょう。あちらにも、空間転移の術や、結界を破る術を備えた人間がいるかと」
「気づきませんでした……」
結界が破られたら何等かの警鐘が鳴り響く筈だが、私は熟睡していた。
「僕もです。手練れでしょうね」
「なぜ、全部、持って行かなかったのでしょうか」
「それが向こうの転移出来る限界値ギリギリだったのでは」
「ならば、二回に分けて」
「そこまですれば、流石に我々の内、誰かが気づきます」
私は愕然としていた。恐らく、顔色は蒼褪めていたのだろう。聖が老婆にするように、背中をそっと支えて、廊下へと私を導いた。私は、何も言えなかった。こうも相手がこちらを上回るとは考えにも及ばなかったのだ。劉鳴殿が就いていてくれるという、安堵にも似た慢心もあったかもしれない。
「聖さん」
「はい」
呼ぶ声は震えた。情けない。
「万一の時は、どうか、楓さんを頼みます」
「その頼みは少し早いです。盗られたものは、盗り返しましょう。よろしいですか、こと様。単純なのです。折よく夜半の夜叉衆を再結成しようとしていたところです。隠れ山に残す精鋭と、かたたとらコーポレーションに乗り込む精鋭を分けて采配を振るってください。失地回復はまだまだ可能です」
「聖さん……」
客間に着いた。うすら赤く染まった庭が見える。青い、人を突き放すくらいに青い空も。聖がきつく私を掻き抱いた。
「決して貴方を逝かせはしません」
聖の報告を聴いた撫子、芳江、楓、そして駆け付けた玲一、秀一郎、康醍は皆、一様に険しい顔をした。劉鳴殿は捕まらなかったが、この報せは恐らく聴いているだろう。客間の空気がピリピリとして、殺気が漲っている。
「許すまじ」
低く言い放ったのは康醍だ。そのコトノハは決して大きくはなかったのに、獅子の咆哮を思わせる迫力があった。玲一の目も爛々としている。一人、秀一郎だけが日頃と変わらない涼しい佇まいだったが、この男がどれだけ自分の心を殺すのに長けているのか、私はよく知っている。楓は、私の左腕に抱きついて離れようとしない。今日は学校を休ませることになるかもしれない。そのくらい、彼女の顔色も優れなかった。
「明日、かたたとらコーポレーションに伺いましょうか」
「今夜でなくてよろしいので?」
「少し、時間が欲しい。聖さんと、楓さんと、三人で夕食を囲みたいと言う我儘を、聴いていただけないでしょうか」
「ほんならうちと芳江は、康醍さんとこに行ってきますわ」
「すみません」
責められるかと思った。それが当主の在り様かと、詰られるかと。
誰も何も言わなかった。そこには優しい沈黙という理解があった。
ブクマありがとうございます。
もう六月ですね。旅行予定のある来月は、
もっと先だと思っていましたが、あっという間です。
いきなりごっそり減った宝珠。どうなるでしょう。




