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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
続・宝珠争奪編 第四章
425/817

シンプル イズ ザ ベスト

 嫌な予感はしたのだ。

 聖が私の部屋に入って来た時。

 基本的に彼の表情には喜怒哀楽が乏しい。その時の聖もそうだったが、けれど隠し切れない憤りのようなものが感じ取れた。釣忍の微かな音が聴こえた。莫迦な、と思う。そして私は部屋を出て、集めた宝珠を置いてある部屋に向かった。聖は無言でついて来る。

 宝珠が、ざっと見て半分程、消えていた。自然事象とは思えない、明らかに人の手、作為が加わったと判る。

「今朝見たら、このように」

 聖の押し殺した声。

 七十四個でも厳しかったと言うのに、これでは私の残された時間に間に合わない。

「かたたとらコーポレーションでしょう。あちらにも、空間転移の術や、結界を破る術を備えた人間がいるかと」

「気づきませんでした……」

 結界が破られたら何等かの警鐘が鳴り響く筈だが、私は熟睡していた。

「僕もです。手練れでしょうね」

「なぜ、全部、持って行かなかったのでしょうか」

「それが向こうの転移出来る限界値ギリギリだったのでは」

「ならば、二回に分けて」

「そこまですれば、流石に我々の内、誰かが気づきます」

 私は愕然としていた。恐らく、顔色は蒼褪めていたのだろう。聖が老婆にするように、背中をそっと支えて、廊下へと私を導いた。私は、何も言えなかった。こうも相手がこちらを上回るとは考えにも及ばなかったのだ。劉鳴殿が就いていてくれるという、安堵にも似た慢心もあったかもしれない。

「聖さん」

「はい」

 呼ぶ声は震えた。情けない。

「万一の時は、どうか、楓さんを頼みます」

「その頼みは少し早いです。盗られたものは、盗り返しましょう。よろしいですか、こと様。単純なのです。折よく夜半の夜叉衆を再結成しようとしていたところです。隠れ山に残す精鋭と、かたたとらコーポレーションに乗り込む精鋭を分けて采配を振るってください。失地回復はまだまだ可能です」

「聖さん……」

 客間に着いた。うすら赤く染まった庭が見える。青い、人を突き放すくらいに青い空も。聖がきつく私を掻き抱いた。

「決して貴方を逝かせはしません」

 聖の報告を聴いた撫子、芳江、楓、そして駆け付けた玲一、秀一郎、康醍は皆、一様に険しい顔をした。劉鳴殿は捕まらなかったが、この報せは恐らく聴いているだろう。客間の空気がピリピリとして、殺気が漲っている。

「許すまじ」

 低く言い放ったのは康醍だ。そのコトノハは決して大きくはなかったのに、獅子の咆哮を思わせる迫力があった。玲一の目も爛々としている。一人、秀一郎だけが日頃と変わらない涼しい佇まいだったが、この男がどれだけ自分の心を殺すのに長けているのか、私はよく知っている。楓は、私の左腕に抱きついて離れようとしない。今日は学校を休ませることになるかもしれない。そのくらい、彼女の顔色も優れなかった。

「明日、かたたとらコーポレーションに伺いましょうか」

「今夜でなくてよろしいので?」

「少し、時間が欲しい。聖さんと、楓さんと、三人で夕食を囲みたいと言う我儘を、聴いていただけないでしょうか」

「ほんならうちと芳江は、康醍さんとこに行ってきますわ」

「すみません」


 責められるかと思った。それが当主の在り様かと、詰られるかと。

 誰も何も言わなかった。そこには優しい沈黙という理解があった。



ブクマありがとうございます。

もう六月ですね。旅行予定のある来月は、

もっと先だと思っていましたが、あっという間です。

いきなりごっそり減った宝珠。どうなるでしょう。

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