取り戻せないものを
世の中は思い通りに行かないと思っていた。堅田は机の上の半透明の硝子で出来た小鳥のペーパーウェイトを見ながら考える。多少の成功を鼻にかけ、世を舐めてかかればたちまちにして辛酸を舐めることになる。感覚を研ぎ澄ませて、決して驕らずに目先の課題に取り組まなければならない。自然淘汰は恐ろしい。
堅田の家は小さな町工場だった。腕の良い、熟練の職人がいる少数精鋭の工場で、国内より寧ろ海外から高く評価されていた。堅田は小学校から帰ると工場へ飛んで行き、彼らの作業につくづくと見入っていた。
経営不振で工場を閉めることになったのはそれから数年後。海外企業が支援の手を差し伸べてくれたお蔭で、何とか一家離散などの最悪な結末にはならずに済んだ。父は数年前に他界した。母は設備の行き届いた老人ホームにいる。悪くはない人生だと思う。自らの成功も、倦まず弛まずやって来た成果と考えている。
宝珠の存在を知ったのは、配下の異能者の情報からだった。収集すればどんな願いも思いのままだと言う、まるで夢物語のような話だったが、もう老年に入った堅田は強く惹きつけられた。堅田の願いは些細なことだった。
あの頃の工場を復活させたい。あの頃に戻り、今持つ富で工場をもっと揺ぎ無いものにしたい。そうすれば、赤く焼けながら沈む夕日の光を浴びながら鈍く輝く機械製品や、職人たちの尊い汗や、日焼けした顔で笑う父、微笑んで冷えた麦茶とおやつを出してくれる母を取り戻すことが出来る。
堅田の願いは現在にも将来にもなかった。彼は過去だけに憧れ焦がれていた。もう二度と戻らないという絶対のセオリーを、宝珠で覆してみせる。音ノ瀬ことに対して、堅田には些かの憐憫がないでもなかったが、その程度の感傷は踏み潰して生きて来た。
社長室にひっそり立つ影のような男を見る。彼はまさしくかたたとらコーポレーションの暗部だった。この仕事を首尾よく終えたらまとまった報酬を渡さねばと思う。
「アーサー君の返事は」
「是、と」
「そうか。では祭りを始めよう。音ノ瀬から宝珠を掠め取り、静かに消していく。静かに。これが肝要だ。子守唄を心がけてくれたまえ」
「社長は難しいことを仰る」
「済まないね。経営者の特権だと思ってくれ」
影のような男は笑った。ひっそりと、物悲しいような笑いだった。
ブクマありがとうございます。
時間を経たからこそ、より一層
輝いて見えるものもあるのでしょうね。




