茄子紺色の恋心
水谷は急ぎ足で片桐に駆け寄った。
「片桐専務!」
「どうしたんだね、水谷君。血相を変えて」
まだ出社している社員もまばらな朝である。陽光がかたたとらコーポレーションの窓硝子を通して燦々と射し込んでいる。
「社長はどちらにおいでですか」
「社長はまだ出社しておられない。用件があるなら私が聴こう。まあ、座ろう」
のっしのっしと片桐はロビーのソファーに向かい歩いた。水谷はもどかしくその後ろをついて行く。茄子紺のソファーに片桐の頑丈そうな体躯が納まる。水谷は向かいに座った。
「昨夜、二条さんが襲撃を受けました」
片桐の眉がぴくりと動く。
「相手は音ノ瀬か」
「いえ、かたたとらコーポレーションと名乗ったそうです」
「……」
「どういうことですか。それにあれは、人じゃなかった」
「二条はどうしている」
「普通に出勤する積りのようです。俺は止めたんですが」
「二条がそう言うならそれで良いだろう。この話は終わりだ」
立ち上がりかける片桐に、水谷が食い下がる。
「待ってください! まだ何の説明も受けていません」
「君の関知するところではない。全ては社長のご存念だ」
「二条さんは、その社長の姪御さんですよ!?」
「ならば呑み込みも早いだろう。水谷。異能の遣い手が集うのが、庶務課だけだと思ったか? うちは大手企業だぞ」
「それにしたって二条さんが襲われた理由がつきません」
「肥大した組織に稀に起こるアクシデントだ」
「その、言葉だけで納得しろと」
「しないならどうする?」
「…………」
悔し気に俯く水谷の、震える拳を見ていた片桐の顔がふと和らいだ。
「身分違いの恋は苦しいな、水谷。程々にしておくことだ」
そう告げて、片桐は茄子紺から離れた。
今度こそ彼が振り向くことはなく、また、水谷も呼び止めなかった。
評価とブクマありがとうございます。
何と今、空腹で何も考えられません。
家にあった『ミステリと言う勿れ』を読んでいます。
面白いですね。




