柳の樹に幽霊
事の成り行きを傍観していた劉鳴は、おやおやと思っていた。これはかたたとらコーポレーションの内輪もめだろうか。芙蓉と名乗った女は消え、水谷景が二条を抱き上げている。あの芙蓉という女、闇の匂いがぷんぷんする。恐らくは、と劉鳴は考える赤い双眸を細めて。恐らくあの女は庶務課より尚、暗い仕事を請け負うかたたとらコーポレーションの凶器。
問題はなぜ二条を襲ったかだが、何等かの手違いだろう。柳の横に黒い単衣を着て佇む劉鳴は、幽霊のようにも見える。非常にお誂え向きの恰好だ。腕組みをする。涼しい風が白い三つ編みに当たりどこかへ消えた。
「君はどう思いますか? 音ノ瀬隼太君」
暗闇に声を投げると、紫陽花色の男が出て来た。
「こうしてお会いするのは初めてだね。知っているだろうが、僕は音ノ瀬劉鳴。天響奥の韻流継承者の師匠だ」
「あんたの存在は幻のように噂されていた。麒麟や鳳凰、見たこともない幻獣のように。幻の獣の存在を今、認識しているところだ」
劉鳴が小さく笑う。
「そんな大したものじゃありませんよ」
「暴走したようだな」
「君もそう思いますか」
芙蓉の話だ。話の急な転換にも劉鳴は狼狽えずついて行く。
「なぜ殺さなかった?」
「どちらの女性をですか」
「どちらもだ。放置すればいずれ音ノ瀬ことの妨げになるだろう」
「僕は血が嫌いです」
ふ、と隼太が笑った。優し気な笑みだが鋭利を含んでいる。
「成程な。あんたくらいの実力者ともなれば、そんな好き嫌いも許されるんだろう」
「君も殺しませんでしたね」
「そうするだけの義理が音ノ瀬ことに対してない。音ノ瀬に就くとは言ったが、何でもかんでもあいつらに便宜を図ってやる積りはないし、その期待もされてはいないだろう」
「まあ、そうでしょうね。時分時です。どこかで飲みませんか?」
「俺の舌は煩いぞ」
「では少し歩きますが小料理屋さんに行きましょう。肴に外れのない店ですよ」
「良いだろう」
黒い単衣と紫陽花色は、連れ立って小路の向こうに消えた。
アーサーの緑の瞳が、それをじっと見ていた。
書くまでもないことですが、劉鳴も隼太も
幽霊の存在を最初から問題にしていません。
別にいてもいいんじゃないくらいに考えてます。
生きてる人間のほうが怖いですからね。




