そういう世界になるのなら
改めて顔合わせを、と望んだのは寺原田だった。これから音ノ瀬の一翼として世話になるのだから筋を通したい、と。何ともまあ礼儀正しいことだ。私は音ノ瀬の当主として客間の上座に着き、右には聖、左には秀一郎が並んだ。
向かいには寺原田、和久、岡田、三島。漆黒の座卓に真面目な顔触れが映っている。寺原田が、座布団から降りて、頭を下げた。
「課長」
「もう課長じゃないよ、三島ちゃん。音ノ瀬さん。この度は、厚かましい願いを聞き届けてくださり、ありがとうございます。こちらに参りましたからには、危急の折には馳せ参じ、粉骨砕身、面目躍如の働きをしてご覧に入れます。どうぞ、皆をよろしくお願いいたします」
「お手をお上げください。我らの軍門に下ったからには、貴方がたはもう音ノ瀬。守り、助け合うべき音ノ瀬の一員です。過ぎた卑下は無用です」
顔を上げた寺原田は、至極、真剣な顔つきだ。私の心に優しい風が吹く。最近、会っていないが、俊介と話す時もよくこんな心持ちになったものだ。ここに並ぶ三名の、元・かたたとらコーポレーション庶務課の面々は、上司に恵まれた。
「おうっ!」
岡田が奇声を発したと思ったら、もーちゃんにタックルされたようだ。そのまま、もーちゃんは岡田にぽよん、ぽよよん、とぶつかっている。気に入ったらしい。
「え、何この。毬藻みたいの」
「岡田。毬藻は北海道は阿寒湖の名物だ。確か。ここにいるとしても一つ目はおかしい」
「そういう答えを求めてんじゃないんだよなあ……」
「彼は式神のもーちゃんです」
「あー、そういうのでもなくて。ここ、もしかして常識人の比率が低いの?」
「どえっふっふっふう……」
低い笑い声と共に、客間の襖を勢いよく開け放ったのは撫子だ。やれやれと言うように芳江がその傍らにいる。
「ここにちゃあんと常識人がいまっせ! ようこそかたたなんたらから音ノ瀬へ、イケメンのあんさんらっ。一人、クマさん枠がおるけどチャーミングやからええわ。おねーさんもまあええわ」
「いや、良くない全然良くない、ことさん、この人を野放しにしないでくださいよ、俺、苦手なんだよ!」
「岡田、好き嫌いは良くない」
「何でそこで和久の物真似するの!」
「岡田、好き嫌いは良くない」
「和久、お前も悪ノリするな!」
おふざけはこのくらいにして、私は口調を切り替えた。
「岡田さん。お母様との次の面会はお決まりですか?」
「――――どうしてそれを」
「寺原田さんから伺いました。コトノハの処方で、貴方のお母様の心の病をどうにか出来ないものかと」
「……来週の土曜日」
「同行させてください」
「あんたに出来るんですか。もし。もしあんたに、お袋を治せるんなら、俺はその時こそ、あんたの下に跪きますよ」
私が寺原田から聴いたのは悲しい話だった。涙は拭われれば良いと思った。傷は癒されれば良いと思った。あまねく人がそのように願ったならば、世界はもう少し優しくなるのだろう。
ブクマありがとうございます。
まだ湯たんぽを使っていると言ったら
驚かれるでしょうか。頭寒足熱と申しましょうか、
足をポカポカにすると健やかな眠りが訪れるのです。
まだまだ手放せそうにありません。




