濃紺色のダウンジャケット
寺原田が帰った後、私たちの間には譲り合うような沈黙が生まれた。
「ええお人ですね」
「せやな。漢や」
評した撫子に芳江も相槌を打つ。私も同意見だが、他に危惧するところがあった。寺原田の身の安全である。堅田社長は抜け目がない。ああいうタイプは裏切りにも敏感だ。そして往々にして裏切者への制裁は容赦ない。自らも異能を持つ寺原田だ、ある程度の自衛は出来るだろうが一人で処すには限界がある。
「聖さん。しばらく寺原田さんの身辺警護をお願い出来ますか」
「承知しました」
「それでしたらわざわざ聖様が行かれんかて、俺が行きますのに」
「芳江さんは撫子さんを。これから私たちは防衛戦に移ると思います。戦いの主導権は攻め手にある。守るほうが難いのです。敵の出方はまだ解りませんが……、私たちが備えるに越したことはないでしょう」
「撫子さん、芳江さん。こと様を頼みます」
「任しとくなはれ、聖様。奥方様には敵の指一本、触れさせませんで!」
力強く請け負う撫子に、聖がほんの一瞬、複雑な真紅の色合いを見せた。聖は、寺原田の警護より、私をこそ守りたいのだろう。だが、私が主命を下し、懇願した。撥ねつけることなど出来よう筈もない。
私は寺原田と交換したスマホの番号に電話を掛け、聖がボディーガードに就く旨、伝えた。寺原田は当初、難渋を示したが、私が譲らぬ態度を見せると承諾した。ボディーガードと言っても聖は寺原田家に押し掛ける訳ではない。飽くまで外からの警護に当たる。
私は、自室に行き、ブランド物のロゴ入りの紙袋を持ち、再び客間に戻った。
「はい、聖さん」
紙袋を受け取った聖は、顔に疑問符を浮かべながら中身をそっと取り出した。濃紺のダウンジャケット。聖の白髪によく映える。
「最近は夜も涼しくなってきましたから、必要であればそれを羽織ってください」
聖がジャケットを捧げ持つ。
「寺原田さんよりジャケットを守ることを優先して良いですか」
「それは駄目です」
どこまで本気か判らない聖に返すと、聖は朗らかな笑顔を見せた。
ブクマありがとうございます。
空が青く鳥が飛び、花が咲き綻ぶように。
皆さまのご健勝を祈っております。




