試金石
歓迎の空気は当然ながらない。けれど私は寺原田を招き入れた。個人的な感情として、彼に悪いものを抱いていない。どちらかと言えば私は、寺原田を好ましく思っていた。だから構えようとする芳江たちを制して客間に招き入れた。私は彼を客として遇する積りであったし、他の者にもそうあって欲しいという意思を態度で示した。
聖が新しく淹れた緑茶を、寺原田の前に置く。その時、赤い目が寺原田を一瞥したのを、私は見逃さなかった。聖はその一瞥で、寺原田の悪意の有無、思惑を探ったのだ。それから、いつでも動ける場所と体勢で座卓に着いた。撫子と芳江もそれぞれ腰を落ち着ける。
「あのようなことの後に、招き入れてくださって感謝します」
「いえ、貴方の一存ではありますまい」
座卓の上にはまだ聖が興じていたビー玉が転がっている。それらの数を数えるように見ながら、寺原田は自分の口から出る一言、一言を噛み締めるように語った。
「僕自身は多少、異能を使えるだけの凡人なのですが、なぜか非凡な部下たちをまとめる立場に置かれました。部下たちもこんな僕を慕ってくれています。僕は彼らが大事で、傷つけたくない。彼らには、過去に傷を負う者もいます。未だ、その傷が癒えず引き摺る者も。出来ることなら争いのない職務に就かせてやりたいのですが、社長や専務はそうは考えていない」
「そうですね。貴方はさしずめ、かたたとらコーポレーションの良心の一角なのでしょう」
「力無き良心です。音ノ瀬さん。恥を承知でお願いします。宝珠から手を引いてはもらえませんか。それか、社長の提案を呑んでください」
「……宝珠から手を引くとは、こと様の生を諦めることを意味します。とても許容出来ませんね」
聖が、静かな声音で諭すように返す。その声は寺原田を責める響きを持たず、どちらかと言えば同情的だった。寺原田は苦悩多き中間管理職の典型だ。堅田のような男の下では何かと抱え込んでしまうものも多いだろう。
寺原田は聖を見て、目を伏せ、それから改めて私に視線を据えた。
「すみません。かたたとらコーポレーションの下に就く気はありません」
「……ですよね。そう仰ると思いました」
寺原田が正座した膝の上に置いた握り拳に視線を落とし、また私を見る。何か心決めた人間の眼差しだった。
「では、音ノ瀬さん。我々、かたたとらコーポレーション庶務課を、音ノ瀬家の下に。それは叶わないことでしょうか」
思ってもいない申し出に、私たちの間の空気がさわさわと動いた。
「本気ですか」
「冗談でこんなことは言いません。ましてや貴方たちは、言葉を重んじる一族だ」
寺原田の声は真摯そのもので、不純物のない鉱石を思わせた。
熱が引かず病床で書く日が増えています。
見苦しい点のないよう、細心の注意を払っているのですが
何かありましたら申し訳ございません。
皆さまにはどうぞご健勝に過ごされますよう。




