愛情がそれを許さない
夢も見ない眠りを貪った。
腕の中に呼吸する命のあることを至福と感じながら、それでも息苦しさは感じさせないよう、私は楓を抱擁していた。楓の右手が私の浴衣の袖を掴んでいる。なぜだかたったそれだけのことに、胸が締め付けられるような心地がした。
皆が起き出して来たのは昼近かったが、聖だけは早くに目覚め食事の用意をしていたようだ。彼はスタミナにおいても秀でている。昨夜の血生臭い出来事が嘘のように、爽やかな風が吹き渡っている。釣忍が歌い当面の危難は去ったと知らせる。
「楓さん。昨日は心細い思いをさせてすみませんでした」
「ううん、ううん。ことさんたちが、元気に帰って来てくれて良かった」
笑う顔には邪気がなく、光り輝くように見える。天使か。そう言えば昨晩は恭司もここで楓たちと一緒だったな。自分で要請しておいてやっと思い出す。む、と眉間に皺が寄るのが自分でも判る。ああ、狭量だな。今から娘の恋人に嫉妬してどうするのだ。
聖に礼を言って朝食を皆で済ませた後、私はいつものように縁側に腰を落ち着けた。撫子が隣に座るのを、心地良い青色の風を受けながら感じていた。私は聖から、芳江の発言内容を聴いていた。驚きはしなかった。あの二人が相愛なのは一目瞭然だったからだ。だが、芳江の顔が見えないままでは何かと辛いだろう。
「撫子さん。呪いを解きたいですか」
私の問いに、撫子は軽く小首を傾げる。
「そうですねえ。まあ、見えるんに越したことはないんですけど。どんな顔してたかて、うちには芳江は芳江以外の何でものうて。恋だの愛だのはむずがゆいですけど、芳江以外に亭主になる男を想像したことないんですわ」
はい。ご馳走様。
「凄い美形ですよ」
「あー、うん。せやかて芳江ですやろ?」
そんなものなのか。私は何だか腹の底から温かな笑いが込み上げて来た。
「師匠にも相談してみましょう。呪術の類にも精通しておられるから、何かご存じかもしれません」
「芳江の顔はひとまずどうでもええですわ。まずは宝珠です。こと様。……こと様。お解りですか。貴方お一人の腕の中、どれだけの命が安らいでいるか。楓ちゃんだけやあらしません。貴方は、いてるだけで、生きててくれるだけで尊いんです」
私はゆっくりと一回、瞬きをした。泣くと笑うの混在する顔を撫子に見せる。撫子の肉厚の手が私の肩を緩く抱く。
「愛されてはるんです。こと様は」
ブクマありがとうございます。
観に行こうと思っている間に、藤も盛りを
過ぎそうです。
季節を知らせてくれる花のように、
心に何かを知らせる薬局でありたいです。




