花と鬼
道すがら、遅咲きの桔梗を目にした秀一郎は足を止めた。
民家の石塀の外、ささやかに張り出して作られた花壇に楚々と咲いている。
冷えた空気に耐える健気に、秀一郎は鼈甲ぶち眼鏡の奥の目を細めた。
最近ではどこの花屋でも華やかなトルコ桔梗が威勢を誇り、ことの好む桔梗の花を手に入れることは出来ない。
また、買い求めるまでもなく、彼女の庭には桔梗が咲いていることを秀一郎は知っていた。だが季節の循環に素直な桔梗であれば、花は終わっているだろう。
「もう寒いだろう。……その根に癒を、花びらと葉と茎に暖を」
コトノハを静かに処方して、再び道を歩き始めた。
秀一郎はことの家に桔梗の花束を携えはしない。
「良い秋空だ」
白い前髪を風に靡かせ、聖が快さげに天を仰ぐ。
高き蒼天に、赤い目を和ませる。
そんな少年に対して男は、不審と恐怖を覚えていた。
「分家筋のはぐれ者が僕を襲うとは、滑稽もいいところだね。全く。御当主にお使いを頼まれていると言うのに」
近くに孟宗竹でも植わっているのだろう、竹の葉擦れが聴こえる真昼の住宅街。
異相の少年とそれに対峙する男の構図は浮いていた。
「ねえ、君。音ノ瀬聡子嬢と音ノ瀬潤君は元気かい?」
「お前。お前、何なんだ」
引き攣った顔の男に聖は律儀に答える。唇に小さな笑みを乗せて。
「鬼兎」
「――――副つ家の――――、」
「御名答」
乾いた声を出して、恬淡とした赤い双眸で男を見据える。
「次は君が答える番だよ?」
それは、こととはまた別種の頂点に立つ者の声だった。
抗うことを許さないコトノハ。
しかし男は情報を漏洩したと知った隼太による粛清を恐れ、決死の抵抗を試みた。震える声で。
「傷、裂、…殺っ!」
竹の葉擦れ。
長閑な鳥の囀り。
愚かな男の囀りに、聖はただ微笑んで。小首を軽く傾げて見せる。
「それで?」
男がありったけの力で処方したコトノハは、聖に何ら害をもたらさなかった。
愕然として男が呻く。
「……化け物……」
「鬼兎と教えただろう」
あとずさる男に聖は緩慢な歩みで迫る。
「切」
低いコトノハの飛来が、一閃して聖の頬を散らした。
振り向けば佇む、紫陽花色のコート。
顔立ちを見れば音ノ瀬の血筋だと、聖にはすぐ知れる。
暗色の瞳。聴いた憶えのある声は。
「音ノ瀬隼太か?」
頬の傷から流れ出る血を拭いながら尋ねる。
「鬼兎」
蔑むようにそう言っただけで、隼太は是非を答えなかった。




