もってのほか
先付には菊の花弁が美しくあしらわれていた。
「菊は皇室のご紋でしょう。畏れ多いことから〝もってのほか〟と名付けられた品種でね。まあ、始めてください。お酒は召し上がるかな? 五橋や獺祭などがお勧めだが」
にこにこと堅田社長が語る。
「では五橋を」
注文を取りに来た女性に私が頼むと、堅田社長が目を丸くし、次いで大きく笑んだ。
「流石、音ノ瀬の御当主。大した胆力だ。では私もご相伴にあずかろう」
些少の酒が入ろうと、頭は動く。会食において妨げにはならない。寧ろ舐められない為に飲酒は必要なくらいである。結局、皆が酒を飲むことになった。こちらの顔触れは皆、酒に強いし、あちらも同様なのだろう。先付に箸をつけながら、五橋を飲むと、その旨味に舌が喜ぶ。
「早速本題だが、音ノ瀬さん」
「はい」
「うちの傘下に入る気はありませんか。傘下という言葉が嫌なら提携でも良い」
「……」
そう来たか。
私たちを丸ごと、かたたとらコーポレーションが吸収すれば、コトノハの力も宝珠も労せずして得ることが出来る。だがそれでは。
「ありません。私たちに得るものがないので」
「相応の資金援助をお約束しましょう。悪い話ではない筈だ」
「悪くはありませんが良くもない。私たちは別段、現状で不自由しておりませんので」
「それは困りましたね」
堅田社長が少しも困ってなどいない口調で言う。――――何だ、これは。
この違和感は。好々爺然とした堅田社長の真意が読めない。只、嫌な予感だけが募る。酒の後に運ばれてきたのは、今が旬の松茸の吸い物だった。
「音ノ瀬さんは情報を得るにおいて長けておられるようですが、うちも多少の自負がありましてな」
堅田社長が品良く椀に口をつけて語る。
「ふるさと」
その一言は、私たちの心に落ち、波紋を広げる一滴だった。
「良いところだそうですな。現世であり、現世でなし」
「よくご存じですね」
「いやいや。私が注目しているのは寧ろ隠れ山のほうで」
お造りが運ばれてくる。瀬戸内海で獲れた新鮮な魚という説明が、頭に入らない。
「コトノハの能力を持った人々が多く住まうとか。中には数人、事故で行方不明になる人もいるやもしれませんね」
私は音を立てて立ち上がった。
それが狙いか。この老人。温和な空気を纏い何と剣呑な手段を採る。
「どうされました?」
「帰ります。和久さんとやら。私たちを元の場所に帰しなさい」
和久が静かな目で私を見た。
取材協力:山口県岩国市『半月庵』さん。
ブクマありがとうございます。
呆れられるかもしれませんが、
まだ湯たんぽのお世話になっている九藤です。
頭寒足熱と申します。
皆さまも足を温めてお過ごしください。




