おあいこ
楓が向ける物言いたげな視線に、聖は気づいていた。目が合うと、慌てたように下を向く。明日、ことと二人で外出する支度をした後、夕食の仕込みを始めた時もそうだった。聖は持っていた食材をまな板の上に置き、手を洗ってから楓の元に歩み寄った。
楓は目を大きくして、それからどうしようかと右を向き、左を向いた後、観念したように眉尻を下げて聖を見た。
「何か、僕に言いたいことがある?」
小鳥を脅かして飛び立たせないような慎重さで、聖は差し出すように尋ねた。
「ひーくん」
「うん」
「明日、ことさんとデートなんだね」
「そうだね」
「あ、あのね、」
楓が俯く。顔が赤い。ああ、自分を責めているなと聖は感じた。既視感を覚える。最近の、ことだ。楓を疎かにしたと、激しい自責の念に駆られていた。
「私、ひーくんに謝らなくちゃいけないことがあるの」
「何かな」
楓は、呼吸を整えて、ゆっくり唇を開いた。
「ずっと、ひーくんに嫉妬してた。ことさん、ひーくんが大好きだから。私より、私より好きだから、ずるいって思って。妬んでた……。ことさんが、いなくなるかもしれないことも、……ひーくんのせいだって、どこかで思ってる自分がいて。だから、ごめんなさい……」
「楓ちゃん」
聖の胸に、楓を責める感情は欠片もなかった。只、痛ましさが湧いた。柔らかく楓の両手首を握る。楓がびくりと身じろぎし、怯える目を聖に向けた。
「じゃあ、おあいこだ」
「……え?」
「僕も、楓ちゃんに焼きもち妬いてたから。だって、ことさんは君が可愛くて仕方なくて、いつも君のことばかり考えてる。僕が驚くくらいの愛情を君に注いでいる。情けないね。僕は、もういい年の男なのに、まだ少女の君に対抗心さえ抱いていたんだ。……でも、それと同時に、君を可愛いと思うのも本当で。だから楓ちゃんが僕に負い目を感じる必要は全然ないんだよ。僕は、君を妬む以上に、君を大切だと思っている」
楓の大きな瞳から、涙が滑り落ちた。聖はそれを拭ってやった。
「ずっと苦しかったね。ごめんね」
「ひーくん。本当?」
「本当だよ」
「こんな自分、駄目だって思ってて」
「駄目じゃないよ。大丈夫。ほら、君のお母さんが心配そうに君を見てる」
聖の言葉に首を巡らせた楓は、そこに立つことの姿を見た。冷静な表情の多いことが、今は困惑した顔つきで楓たちを見ている。
「ことさん……!」
「はい。楓さん。聖さんに苛められましたか?」
抱きついてきた楓を受け留めながら、ことが心にもない言葉をかける。聖は微苦笑した。
「すみません。苛めてしまいました。楓さんが可愛かったので、つい」
「楓さんは地球上で一番可愛い絶滅危惧種なんですよ。苛めてはいけません。よしよし、楓さん。可哀そうに。一緒にお風呂に入りましょうか」
「……うん。苛められてないよ」
自明の理を言う楓の健気さに、ことも聖も破顔した。
ブクマありがとうございます。
桜が散り、若緑の葉が出てきて、
季節の移ろいを感じています。
少し、心ここにあらずのような。




