仮面の下は醜く愛しく
私の周りには優しい人が多いから。
誰も彼もが私の罪から目を背けた。見ない振りをした。気づいていない、振りを――――。
買い物の帰り、私は秋の澄んだ空の下を歩いていた。今日は大根と牛乳が安くて、つい欲張って買い込んだものだから、かなり重い。聖の同行を断るべきではなかった。
閑静な住宅街に差し掛かり、名も判らぬ鳥の声が小さく響いている。
視界に入った紫陽花色に、私は足を止めた。
「音ノ瀬の御当主がまるで使用人だな」
隼太は皮肉を言うのが上手いと言うか、板についている。妙な色気がまた、彼にそのことを似合わせるのだから性質が悪い。艶やかな唇を、彼はついと撫でた。
「音ノ瀬に使用人などいませんよ。時代錯誤も良いところです」
「だが進んで従事する者はいる。些少な違いだと俺には思えるがな」
「何のご用でいらしたんですか」
風が吹いた。冷たい秋風。隼太が双眸を細くした。
獲物を狙う肉食獣を私は連想した。
「宝珠集めは順調か?」
「……それなりに」
「俺は昔、お前は甘やかされぬくぬくと育てられた人間だと思っていた」
「そんなようなものですよ」
「いや、知るにつけ、実情は異なると気付いた。だが、なぜだろうな。音ノ瀬の、また、お前に関わる人間たちが、お前に甘いのは事実のようだ」
「何が仰りたいんですか」
そろそろエコバッグを持つ手が痺れてきた。隼太は一つ、緩い瞬きをした。
「だから俺くらいは断罪してやろうと思ってな。音ノ瀬こと。娘を一度捨てた女」
ひゅっ、と音がした。自分が息を呑んだ音だと遅まきながら気づく。
「鬼兎が死んで、その蘇生を試みた時。お前の頭に水木楓の存在はなかった。お利口なお前が、何の代償もなしに鬼兎を生き返らせることが出来るなど、考えていたとは思わない。お前は自分の魂の全てを賭けた。その時、お前はあの娘を捨てたんだよ。切り捨てた。見離した! 何が母親だ?」
私はへたりと膝を地につけた。その為、荷物の重さからは一時的に開放されたが、心の重苦しさはその比ではなかった。呼吸が上手く出来ない。隼太の言葉は紛うことなき真実だった。
誰も責めないのを良い事に、私は自分の心からをも目を背けていた。皆の優しさに守られ、背けていられた。
「そこまでだ。音ノ瀬隼太」
「鬼兎。王子様のご到着か。お前も、罪深い命だな」
「僕のことは幾らでも断罪すれば良い。僕には君の言葉は届かない。どうでも良い。けれどこと様をそれ以上責めるなら、僕は君を全力で排除しようとするだろう」
隼太が微笑した。
綺麗な笑みだなと他人事のように思う。
「それはそれで、俺には喜ばしい話だがな。今回は引き下がろう」
隼太がちろりと私を一瞥する。
「いつも澄ました女のそんな顔が見られただけでも収穫だ」
そして紫陽花色は遠ざかる。
聖が私の横に屈み込んだ。
「お帰りが遅いので」
「……すみません」
「こと様」
「音ノ瀬隼太の言ったことは本当です。私はあの時、聖さんの命以外の何物も見えていませんでした。悲嘆に盲目となり、楓さんに対する愛情さえ見失っていた、私は、母親失格です」
「こと様」
「すみません。すみません。……ごめんなさい」
聖が私を抱き寄せた。衣服が汚れるとか、そんなことは頭にないようだった。
小鳥の声が響き、今度は柔らかな風が吹いた。
風がだいぶ暖かくなってきました。
桜も散り急いでいるようです。




