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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
続・宝珠争奪編 第二章
370/817

仮面の下は醜く愛しく

 私の周りには優しい人が多いから。

 誰も彼もが私の罪から目を背けた。見ない振りをした。気づいていない、振りを――――。


 買い物の帰り、私は秋の澄んだ空の下を歩いていた。今日は大根と牛乳が安くて、つい欲張って買い込んだものだから、かなり重い。聖の同行を断るべきではなかった。

 閑静な住宅街に差し掛かり、名も判らぬ鳥の声が小さく響いている。

 視界に入った紫陽花色に、私は足を止めた。

「音ノ瀬の御当主がまるで使用人だな」

 隼太は皮肉を言うのが上手いと言うか、板についている。妙な色気がまた、彼にそのことを似合わせるのだから性質が悪い。艶やかな唇を、彼はついと撫でた。

「音ノ瀬に使用人などいませんよ。時代錯誤も良いところです」

「だが進んで従事する者はいる。些少な違いだと俺には思えるがな」

「何のご用でいらしたんですか」


 風が吹いた。冷たい秋風。隼太が双眸を細くした。

 獲物を狙う肉食獣を私は連想した。

「宝珠集めは順調か?」

「……それなりに」

「俺は昔、お前は甘やかされぬくぬくと育てられた人間だと思っていた」

「そんなようなものですよ」

「いや、知るにつけ、実情は異なると気付いた。だが、なぜだろうな。音ノ瀬の、また、お前に関わる人間たちが、お前に甘いのは事実のようだ」

「何が仰りたいんですか」

 そろそろエコバッグを持つ手が痺れてきた。隼太は一つ、緩い瞬きをした。

「だから俺くらいは断罪してやろうと思ってな。音ノ瀬こと。娘を一度捨てた女」

 ひゅっ、と音がした。自分が息を呑んだ音だと遅まきながら気づく。

「鬼兎が死んで、その蘇生を試みた時。お前の頭に水木楓の存在はなかった。お利口なお前が、何の代償もなしに鬼兎を生き返らせることが出来るなど、考えていたとは思わない。お前は自分の魂の全てを賭けた。その時、お前はあの娘を捨てたんだよ。切り捨てた。見離した! 何が母親だ?」


 私はへたりと膝を地につけた。その為、荷物の重さからは一時的に開放されたが、心の重苦しさはその比ではなかった。呼吸が上手く出来ない。隼太の言葉は紛うことなき真実だった。

 誰も責めないのを良い事に、私は自分の心からをも目を背けていた。皆の優しさに守られ、背けていられた。

「そこまでだ。音ノ瀬隼太」

「鬼兎。王子様のご到着か。お前も、罪深い命だな」

「僕のことは幾らでも断罪すれば良い。僕には君の言葉は届かない。どうでも良い。けれどこと様をそれ以上責めるなら、僕は君を全力で排除しようとするだろう」

 隼太が微笑した。

 綺麗な笑みだなと他人事のように思う。

「それはそれで、俺には喜ばしい話だがな。今回は引き下がろう」

 隼太がちろりと私を一瞥する。

「いつも澄ました女のそんな顔が見られただけでも収穫だ」

 そして紫陽花色は遠ざかる。

 聖が私の横に屈み込んだ。

「お帰りが遅いので」

「……すみません」

「こと様」

「音ノ瀬隼太の言ったことは本当です。私はあの時、聖さんの命以外の何物も見えていませんでした。悲嘆に盲目となり、楓さんに対する愛情さえ見失っていた、私は、母親失格です」

「こと様」

「すみません。すみません。……ごめんなさい」

 聖が私を抱き寄せた。衣服が汚れるとか、そんなことは頭にないようだった。

 小鳥の声が響き、今度は柔らかな風が吹いた。




風がだいぶ暖かくなってきました。

桜も散り急いでいるようです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 隼太なりの優しさ……。 普段こそ酷薄無残な男に限ってそういうところありますよね。
[良い点] サブタイトルが詩的でよろしいですな。
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