ソリティア
聖と共に帰宅すると、楓が寝ずに待っていた。
俊介には遅くまで残ってもらい、くれぐれもと言って彼女を任せた。
聖の懇望に負けた私は、楓に謝り、先に寝ていてと言ったのだが。
玄関の戸を引くと、弾かれたように立ち上がった楓が駆け、私の透織を他に縋る物が無いように小さな両手で握り締めて、私を見上げて来た。
私を唯一と見るような、この子の眼差しに胸が締め付けられた私は、後悔した。
自分がひどく身勝手な女であるように思えた。
俊介も玄関に立ち、役目を果たせず申し訳ない、とでも言うような顔で私を窺っているが、彼に落ち度は無い。
「ことさん」
「楓さん……。すみませんでした」
「ことさん、お帰りなさい」
縋る者が無いのだ、他に。
楓にはまだ。私が浅はかだった。
横で俯く聖も、自分を恥じているようだ。
違う、聖。私が悪いのだ。
そんな風にまた、独りで背負うな。
どうして一緒に背負えないのだろう。どうして伝えることが出来ないのだろう。
私たちの間には温かなものが足りない。
私は一瞬目を閉じ、白銀を思い浮かべた。
白銀の中に紛れぬ彼の心を思い浮かべた。
「聖さん。綺麗な薄野原でした」
「……御当主」
「昔を思い出しました、ありがとう」
刹那に切なく揺らいだ赤い瞳は、すぐに平生を装った。
大人は殻を被って生きている。
これが今の私に許されたコトノハの精一杯。
幼子を悲しませた罪深さに、処方され得るコトノハは尚も狭まり。
聖は黙礼すると自室に引き揚げた。引き留めてしまった侘びを述べて俊介を帰らせ、私も楓を抱き上げて寝室に向かった。
ぎゅう、と大人より熱い体温を抱き締めると、楓も私の首に回した腕にきゅう、と力を籠めた。
翌日。
私は楓の為にと取り寄せておいた玩具の包みを、客間の卓上で解いた。
厳重に梱包されてあった物は、ソリティアと言うパズルゲームだ。
私の取り寄せたソリティアは、楓が喜ぶように、目にも楽しく美しい逸品だった。
丸い木の盤の上に、色とりどりのチェコ硝子のビー玉が並ぶ。職人の技巧が凝らされた小粒の円球は見るだけで心が躍る。
それを見た楓は案の定、歓声を上げた。
「飴みたいっ、綺麗で美味しそう」
笑ってくれた。
満開の笑顔に私はほっとする。
「私や聖さんや山田さんも、いつも楓さんの傍にいてあげられることは出来ません。これがあれば、楓さんの寂しい時間も減るかもしれないと考えたんです」
昨日のようなことは例外として、一日中つかず離れずには過ごせない実情を考え、注文したのだ。
縦横に並んだ隣の玉を飛び越すと、飛び越した玉は盤の外側に彫られた溝に置くことが出来る。それを繰り返し、最終的に玉を一つだけ残すことが出来れば正解。玉を斜めに動かすことは出来ない。
大まかな遊び方と幾つかのルールを私は楓に説明する。
「真ん中に一つだけ残るのが一番良いんですよ」
「面白そう」
「何回か私がやってみるので、見ていてください」
「うん!」
これが、単純だが意外に難しいゲームなのだ。
私は最少でも四個までしか減らせなかった。
興味深そうに覗き込んで来た俊介は六個。悔しがっている。
昨夜のこともあり、遠巻きに見ていた聖にもさせてみた。
結果。
「…………」
私は憮然とした表情になり、楓と俊介は尊敬の目で聖を見つめていた。
聖は恐らく生まれて初めてのソリティアで、たった一回で最善の解答を出したのだ。
真ん中に残るビー玉一つ。
――――――――可愛くない。
見かけは兎みたいなのに、可愛くない。
「御当主、睨まないでください」
「楓さん、あんな大人になってはいけませんよ」
楓をひしと抱き締め、聖を指差して言う。
「ひーくんは大人なのー?」
「中身は大人なんです。ずるなんです、ずるっこなんです」
「御当主、……大人気ないです」
煩い。
私が一番、楓に良いところを見せたかったのに。
楓の輝く尊敬の目を独占した聖に嫉妬が湧く。
「そういうところは、昔と変わらないお姫様ですね……」
微苦笑のあとに聖は、本当に可笑しそうに少しだけ笑った。
それで私の胸も少し軽くなった。
楓と聖への罪悪感が、薄らいだ。
楓への罪悪感は恐らく私たち共通のもので。
それが和らぎ、安堵するのも。
私たちを結びつけるのが、もっと優しく一筋に透き通ったものばかりであったならと、思わずにはいられなかった。
それはソリティアで最適解を出すより難しい。




