表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第二章
37/817

ソリティア

 聖と共に帰宅すると、楓が寝ずに待っていた。

 俊介には遅くまで残ってもらい、くれぐれもと言って彼女を任せた。

 聖の懇望に負けた私は、楓に謝り、先に寝ていてと言ったのだが。

 玄関の戸を引くと、弾かれたように立ち上がった楓が駆け、私の透織を他に縋る物が無いように小さな両手で握り締めて、私を見上げて来た。

 私を唯一と見るような、この子の眼差しに胸が締め付けられた私は、後悔した。

 自分がひどく身勝手な女であるように思えた。

 俊介も玄関に立ち、役目を果たせず申し訳ない、とでも言うような顔で私を窺っているが、彼に落ち度は無い。

「ことさん」

「楓さん……。すみませんでした」

「ことさん、お帰りなさい」

 縋る者が無いのだ、他に。

 楓にはまだ。私が浅はかだった。

 横で俯く聖も、自分を恥じているようだ。


 違う、聖。私が悪いのだ。

 そんな風にまた、独りで背負うな。


 どうして一緒に背負えないのだろう。どうして伝えることが出来ないのだろう。

 私たちの間には温かなものが足りない。

 私は一瞬目を閉じ、白銀を思い浮かべた。

 白銀の中に紛れぬ彼の心を思い浮かべた。


「聖さん。綺麗な薄野原でした」

「……御当主」

「昔を思い出しました、ありがとう」

 

 刹那に切なく揺らいだ赤い瞳は、すぐに平生を装った。

 大人は殻を被って生きている。


 これが今の私に許されたコトノハの精一杯。

 幼子を悲しませた罪深さに、処方され得るコトノハは尚も狭まり。


 聖は黙礼すると自室に引き揚げた。引き留めてしまった侘びを述べて俊介を帰らせ、私も楓を抱き上げて寝室に向かった。

 ぎゅう、と大人より熱い体温を抱き締めると、楓も私の首に回した腕にきゅう、と力を籠めた。



 翌日。

 私は楓の為にと取り寄せておいた玩具の包みを、客間の卓上で解いた。

 厳重に梱包されてあった物は、ソリティアと言うパズルゲームだ。

 私の取り寄せたソリティアは、楓が喜ぶように、目にも楽しく美しい逸品だった。

 丸い木の盤の上に、色とりどりのチェコ硝子のビー玉が並ぶ。職人の技巧が凝らされた小粒の円球は見るだけで心が躍る。


 それを見た楓は案の定、歓声を上げた。

「飴みたいっ、綺麗で美味しそう」

 笑ってくれた。

 満開の笑顔に私はほっとする。

「私や聖さんや山田さんも、いつも楓さんの傍にいてあげられることは出来ません。これがあれば、楓さんの寂しい時間も減るかもしれないと考えたんです」


 昨日のようなことは例外として、一日中つかず離れずには過ごせない実情を考え、注文したのだ。


 縦横に並んだ隣の玉を飛び越すと、飛び越した玉は盤の外側に彫られた溝に置くことが出来る。それを繰り返し、最終的に玉を一つだけ残すことが出来れば正解。玉を斜めに動かすことは出来ない。


 大まかな遊び方と幾つかのルールを私は楓に説明する。

「真ん中に一つだけ残るのが一番良いんですよ」

「面白そう」

「何回か私がやってみるので、見ていてください」

「うん!」


 これが、単純だが意外に難しいゲームなのだ。

 私は最少でも四個までしか減らせなかった。

 興味深そうに覗き込んで来た俊介は六個。悔しがっている。

 昨夜のこともあり、遠巻きに見ていた聖にもさせてみた。

 結果。


「…………」


 私は憮然とした表情になり、楓と俊介は尊敬の目で聖を見つめていた。

 聖は恐らく生まれて初めてのソリティアで、たった一回で最善の解答を出したのだ。


 真ん中に残るビー玉一つ。


 ――――――――可愛くない。

 見かけは兎みたいなのに、可愛くない。


「御当主、睨まないでください」

「楓さん、あんな大人になってはいけませんよ」

 楓をひしと抱き締め、聖を指差して言う。

「ひーくんは大人なのー?」

「中身は大人なんです。ずるなんです、ずるっこなんです」

「御当主、……大人気ないです」


 煩い。

 私が一番、楓に良いところを見せたかったのに。

 楓の輝く尊敬の目を独占した聖に嫉妬が湧く。


「そういうところは、昔と変わらないお姫様ですね……」


 微苦笑のあとに聖は、本当に可笑しそうに少しだけ笑った。

 それで私の胸も少し軽くなった。


 楓と聖への罪悪感が、薄らいだ。

 楓への罪悪感は恐らく私たち共通のもので。

 それが和らぎ、安堵するのも。


 私たちを結びつけるのが、もっと優しく一筋に透き通ったものばかりであったならと、思わずにはいられなかった。



 それはソリティアで最適解を出すより難しい。



挿絵(By みてみん)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ことさん、大人げない・・・。 ここまで読んできたが、非常に入り組んできましたね。このまま読み進めます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ