鬼の所業
弥勒菩薩像を、私は自室の箪笥の上にそっと安置した。この先、どのようなことになっても、見守っていてくれるように、願いを籠めて。その様子を楓が見ていた。
私が目線を下げて小首を傾げ微笑むと、幼子のように私の腰に両手を回して抱きついてくる。時がないことを、この子ももう知っている。
今年の初雪は見られるだろうか。
「ことさん。今日、一緒にお風呂入っても良い?」
「良いですよ」
「一緒のお布団で、眠っても良い?」
「良いですよ」
「ことさん。ことさん……」
「どうしましたか」
葡萄色の楓のワンピースの裾が揺れる。私があやすように尋ねた言葉に、楓は答えようとしない。肩が小刻みに震えて、さらさらの髪が揺れる。この子に、二度も母親を失わせてはならない。加えて私には、音ノ瀬の当主としての責務がある。
だから私は、次の言葉を紡ぐのが辛かった。
「楓さん。音ノ瀬一族を、継いで欲しいと私が言えばどうしますか」
楓が弾かれたように顔を上げる。その顔には色濃い恐怖があった。
それでも私は続けなければならない。
「現状、宝珠が期限までに集まるかどうかは微妙です。もし叶わなかった場合、音ノ瀬家当主の座は宙に浮く。そして今の私に、音ノ瀬を継いで欲しいと願う相手は、楓さんしかいません」
「…………ひーくんじゃ駄目なの」
とてもか細い声に、しかし私ははっきりと首を横に振った。
「聖さんは副つ家の人間です。貴方の後見を出来こそすれ、彼自身が当主となることは有り得ません。何より、一族が納得せず不満の声が上がることは必至でしょう」
「わ、たし。私は。ことさんがいれば、それで良いの。当主になってもならなくても、ことさんさえいてくれるのなら、私は、きっと何があっても笑っていられるのに、それだけではいけないの……」
ああ、と私は心の中で呻いた。何と酷な仕打ちを、楓にしているのだろう。
「私が、只の一個人であればそれで良かった。ですが私は、色々と背負う身です。貴方の、」
そこで込み上げたものを、私は無理矢理に吞み下した。
「楓さんの母親でだけでいられれば、どんなにか。叶わぬ夢と、解っていても思わずにはいられません」
楓が顔をくしゃりと歪めて泣き出した。
「ことさん、お、かあさん、嫌、まだ、嫌、ことさん、ことさんを私から盗らないで」
たどたどしい涙声は最早、理屈にならず、それゆえに私の心を強く打った。
楓。
私の大事な娘。
その大事な娘に鬼の所業をしている私を、弥勒菩薩が静かに見守っていた。
ブクマをありがとうございます。
九藤の体調不良と、週末にワクチン接種に
行く為、更新が乱れると思います。
申し訳ありません。
皆さまに優しいコトノハが訪れますように。




